<12年ロンドン五輪 自転車トラック種目スプリント銅 シェーン・パーキンス(30=オーストラリア)>

 64年の東京五輪には、私の父ダリル(74)が自転車競技のタンデムスプリントに出場しました。子供の頃から父には「ALWAYS OLYMPIAN」1度五輪に出た選手はずっと五輪選手なんだ、その後の人生も誇らしく、大切にしなければならない、と教えられてきました。私も五輪に出られたことは非常に特別だと思いましたし、父も息子が五輪に出たことはすごく誇らしかったようです。

 私が最も大切にしているのは「人生において夢を追い続けること」です。父が五輪に出たという成功が、私の夢になりました。今の夢は東京五輪で金メダルを取ること。これ以上の夢はありませんね。

 五輪に出る選手には誰にも特別な物語があると思います。今の私はオーストラリアチームには必要とされていません。今のままでは五輪の可能性はありませんでした。が、ロシアチームの一員として出られる可能性が出てきました。これが東京五輪に出る唯一の道。だから努力を続けます。

 ロシアとの縁は、今、一緒に日本の競輪に参加している親友デニス・ドミトリエフ選手のおかげです。昨年来日した時のこと。「もう五輪に出場できないから引退するよ」と言うと「引退だって? なぜあきらめるんだ !  今だってこんなに強くなっているのに。だったら、ロシアチームに来てよ」と言ってくれたんです。大きな決断ですから当然、両親や妻にも相談しました。すると、家族みんなが口をそろえて「何を迷っているんだ、こんなチャンスはないぞ」と言ってくれたんです。あきらめるのは簡単なこと。でも、機会があれば挑戦する、それがほかの人の心を動かすことになればと思うのです。

 メディアや他の人から批判的な声があるのも承知しています。でも、私はあきらめません。それは子どもたちが見ているからです。自分の子どもたちも、夢を追い続けることが大事だと思ってくれると思うのです。それがレガシーになればいいなと思います。

 日本での競輪参戦も8シーズン目になりました。日本に来るようになってから世界選手権で金メダルも取れ、五輪の銅メダリストにもなれました。鏡を見た時、前よりも人間として、競技者としても成長したなと実感しています。日本に来て競輪に参加できたこと、日本との関係ができたことは、東京五輪を目指す大きな励みになっています。

(2017年7月26日東京本社版掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。