たとえ高校時代にエースになれなくても、大学4年間でドラフト候補になるほどの成長曲線をたどることもある。高校時代の経験を糧に飛躍的な成長を遂げた選手をクローズアップ。それぞれの思いを胸に迎える10月22日、プロ野球ドラフト会議。彼らの運命をかけたその日が近づいている。【平山連】

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最速156キロを誇る千葉商大のエース吉川凌平投手(4年=習志野)は、マウンドを降りることを「屈辱」と表現した。「試合を任せてもらってる以上、投げられる時は絶対完投したい。ベンチからもダメだと思って降ろされるのは嫌ですし、マウンドから降りるのは一番の屈辱」。びくりとする表現に、強い覚悟と責任が見えた。

NPB全12球団から調査書が届いたという千葉の剛腕は、高校時代まで無名だった。習志野では背番号1をつかめず、最後の夏も県予選で敗退。「甲子園で1番を奪ってやる」という野望は崩れ、大学からの誘いもなかった。セレクションを経て唯一合格したのが千葉商大。一気に才能が開花したのは、決して偶然ではない。4年後のプロ入りを見据えて「野球を一からやり直す」と決心した。

上半身、下半身の地道な筋トレに加え、あえて限界までトレーニングをこなした状態で試合に臨んだこともあった。「永遠の課題として『人類最強』を目指せば、どんどん上に行ける」と限界の一歩先をひたすら追い求め、入学時に139キロだった最速を昨秋に156キロへと到達させた。下級生の頃には飲食店やピザの宅配バイトで稼ぎ食費として蓄えた。

習志野時代のことを考えれば、右肩上がりの成長曲線だ。高校時代の自分にもし伝えることがあるならと問うと「自分のやりたいようにやって、頑張り続けろと伝えたいですね」と力を込めた。数々の苦労が報われる瞬間はもうすぐそこだ。