横浜(神奈川2位)が7回コールドで樹徳(群馬2位)に快勝し、2年ぶりの4強入りを果たし、5季連続の甲子園出場を確実にした。
高校日本代表に2年生ながら選出された小林鉄三郎投手が7安打2失点完投。昨秋、関東大会準々決勝で先発し敗戦したリベンジを果たした。帝京三(山梨2位)は水城(茨城1位)を破り初のベスト4進出。この校名で最初で最後の甲子園へ吉報を待つ。
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織田翔希投手(3年)から引き継いだ背番号「1」が、マウンドで躍動した。小林鉄は、この日の最速148キロの真っすぐに、変化球で緩急をつけ丁寧に投げ込んだ。「自分の間でしっかり投げられた」。2試合連続コールドで締めた。
どうしても勝たなければならない理由があった。昨秋、関東大会準々決勝の専大松戸戦で先発。5回を投げ2本塁打を含む4安打3失点。織田につなげたが敗戦した。静まり返った帰りのバスの中、下を向いて泣いた。「自分のせいで先輩たちを負けさせてしまった。罪悪感とセンバツに出られないかもしれない、という怖さがあった」。まだセンバツ出場はなくなったわけではない。チームメートがなぐさめてくれる中、織田翔希投手(3年)だけは違った。「配球が違っていた。首を振ってもよかったよね」。その厳しい言葉が、小林鉄には何よりもこれからのエールに響いた。
結局滑り込みでセンバツには選出されたが、もうあの苦しい思いはしたくない。「絶対リベンジしてやろうという気持ちで投げました」。昨年、専大松戸で被弾した2本の本塁打は、どちらも真っすぐ。この試合、マスクを被った阿部龍之介捕手(2年)は「相手の4番に対しチェンジアップを連投してインコース真っすぐを投げて、ショートゴロで詰まらせることができた」。1つ上をいく投球術で打ち取った。
それでも、織田は自分の1歩も2歩も先を行く「エース」だった。アメリカ挑戦という新たな道を開拓する。「かっこいいなぁと思います」。進むべき道は違っても上を目指す気持ちは同じ。「高卒でプロに行きたい」と堂々と宣言した。
織田から引き継いだ背番号1は甲子園に導く責任がある。「横浜の1番はいろいろな重みがある。自分も絶対にコイツがいれば勝てる、と言われるピッチャーになりたい」。横浜のエースとして、誇れる自分を目指す。【保坂淑子】
◆小林鉄三郎(こばやし・てつさぶろう)2009年(平21)6月6日、神奈川県横浜市生まれ。4歳から野球を始め、小学校時代は若葉台リトルバーズでプレー。中本牧シニアでは3年時に、全国選抜野球大会優勝、日本選手権大会準優勝。ジャイアンツカップでは優勝投手に輝いた。横浜では1年春からベンチ入り。今夏、県大会の準々決勝で150キロを記録。185センチ、85キロ。左投げ左打ち。

