山形 優勝記事
酒田南エース安井41回無失点V/山形大会
- 甲子園出場を決め、エース安井(右から3人目)に駆け寄る酒田南ナイン
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酒田南Vへの足跡 2回戦 7-0 酒田西 3回戦 3-0 寒河江 準々決勝 8-0 九里学園 準決勝 2-0 日大山形 決勝 17-0 新庄東
<山形大会:酒田南17−0新庄東>◇25日◇決勝
酒田南の左腕、安井亮輔投手(3年)が5試合連続完封と、圧倒的な力で新庄東を17-0で下し、山形大会を制した。
県で勝ち抜くのは当然-とばかりに勝利の瞬間、酒田南・安井のガッツポーズは控えめだった。気合が入っていたのは6回表2死一、三塁の場面だ。3番の佐藤啓光三塁手(3年)を空振り三振に仕留めると、力強いガッツポーズ。「無失点記録は意識してない。でもホームは踏ませたくなかった」というエースの意地だった。
自己最速は140キロの左腕だが、この日は135キロを最高に130キロ台前半がほとんどだった。昨夏甲子園の福井商戦で先発したが、9回途中8安打5失点で降板。そこで「力を入れるところと、抜くところの使い分けの重要性」を知った。この日も「場面によって力の入れ具合を調節できた」と安井。その「ギアチェンジ投法」で、41回連続無失点の記録を引っ提げて聖地に乗り込む。
ピンチにも動じない安井の精神力を父直さん(55)は「ただ鈍感でマイペースなだけ」と分析する。小学校時代はソフトボールで投手。マウンド上で試合そっちのけで上空を飛び交う飛行機ばかり見ていて監督に怒られた。前日、甲子園出場を決めた花巻東・菊池にも「ライバルとかそういう意識はない。自分の投球だけなんで」と言うように、父の見立て通りのマイペース男だ。
大阪から甲子園に出るために山形に来た。乗り気ではなかった直さんは「(山形に)行ってもいいけど覚悟を見せろ」と漫画好きな安井に、あえて難解な中国の諸子百家の思想書を10冊ほど読むことを条件に出した。「難しいことをやれば子どもは自信がつくはず」という父の狙いもあった。それを読破するほど、意志の固い男でもある。
両親は、安井の大事な試合には車で15時間かけて駆けつける。その両親に安井は、前日の準決勝・日大山形戦で打ったホームランボールを渡した。家族の後押しもあってつかんだ、2度目の甲子園切符。支えてくれた家族のためにも、安井は酒田南史上初の16強越えを目指す。
[2009年7月26日 紙面から]
◆酒田南 1961年(昭36)に男子校として創立した私立校。63年から男女共学。生徒数は470人(女子173人)。05年に総合普通科と特別進学科に再編。野球部は61年4月に創部。部員は37人。甲子園は春1度、夏は9度目の出場。主なOBはソフトバンク長谷川、オリックス小林、ヤクルト山本。酒田市南千日町4の50。斎藤善明校長。
山形大会
優勝 | 参加校 | 組み合わせ表 | 春季大会優勝校 | 昨夏代表校 |
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酒田南 (2年連続9度目) |
56校 (前年比±0) |
ダウンロード[PDF] | 羽黒 | 酒田南 |
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