画鋲をリングにまく高橋匡哉(2019年1月14日撮影)
画鋲をリングにまく高橋匡哉(2019年1月14日撮影)

その晩、後楽園ホールの6メートル四方のリングは金色の海と化した。

1月14日に行われた大日本プロレスのBJW認定デスマッチヘビー級選手権。この日のために集められた画びょうの数は史上最多の34万4440個。ファンの愛がこもったその海の上で、王者高橋匡哉(32)と挑戦者伊東竜二(42)が、画びょうを用いてあの手この手で技をかけ合う。

その度に飛び散る画びょうに照明の光が反射し、きらきらと輝いた。両者の体も徐々に血の赤で染まっていく。加えて凶器に使われた蛍光灯の白い破片も彩りを添えた。激しいデスマッチでありながら、あまりに美しいその試合はその後もずっと筆者の頭から離れなかった。

SNSなどを通じ、34万もの画びょうが集まったその事象自体も非常に興味深かった。歴史に残るこの一戦について、2月頭、高橋、伊東の2人にあらためて話を聞いた。

「挑戦しないとだめ。飽きさせないのが仕事」と語る高橋匡哉(撮影・高場泉穂)
「挑戦しないとだめ。飽きさせないのが仕事」と語る高橋匡哉(撮影・高場泉穂)

高橋 あの画びょう1つ1つがお客さんの気持ち。お客さんがいなかったら成立しませんでした。感謝しています。

異常な金色の舞台を作り上げたのは大日本の熱烈なファンだった。きっかけは1月2日。高橋がタイトルを初防衛した直後、次戦で戦う伊東のデビュー20周年にかけ、画びょう2万個マッチを提案。すると伊東が「全然足りない」と、これまでの最大5万個を超える20万個を要求した。

しかし、14日の試合までわずか12日間。提案した伊東でさえ「10万個でも集まればいいかな」と思っていたが、ファンの熱は伊東らの予想をはるかに超えていた。募集開始から2日後の1月4日。新木場での試合で、さっそく持ち込みがあった。

高橋 お客さんが僕のところに来て、「ネット通販で画びょう買い占めました。売り切れにしました」と。そのすぐ後に来たお客さんは「すいません、高橋さん。サイトで画びょう探したんですが、売り切れていました」と。買い占めた人そこにいるよと(笑い)。とんでもないことになるなと思いました。

そこから毎日のように横浜にある道場に郵送で画びょうが届いた。1週間もしないうちに数は軽く10万個を超え、試合前日と当日の持ち込みで34万個に達した。

「いい意味で、この人たちはイカれているなと思った」と高橋。画びょうが満杯につまった大型バケツ4個がリングの上に置かれ、それを2人がまくところから試合は始まった。

「20年、30年たってもデスマッチの中心にいたい」と語る伊東竜二(撮影・高場泉穂)
「20年、30年たってもデスマッチの中心にいたい」と語る伊東竜二(撮影・高場泉穂)

伊東 あんだけの量があったので、全部使わなきゃだめだろう、と。そんなつもりでした。まこうとしてバケツに手をかけた瞬間、重たいなぁ、と。何十キロとかあったと思います。

白いマットに画びょうが敷き詰められたが、それはただの敷物ではない。2人は画びょうをさまざまな方法で使った。特にベテラン伊東のアイデアが光った。

試合序盤に持ち込んだのは、粘着テープを巻き付けたバット。それに衣のように画びょうをまぶして、高橋を殴打した。凶器制作のきっかけはその数日前。大のプロレス好きで知られる芸人、東京03の豊本明長とテレビで共演。その際にアドバイスをもらったという。

伊東 豊本さんが(バットに)マグネットをつけてやったらどうだと提案をくれたんです。でも、マグネットだとふる度にいろんなところに飛んでいっちゃうので、粘着テープを購入しました。

高橋をあおむけに寝かせ、その上にスコップで画びょうをふりかけて、たたく。砂遊びのような攻めも披露した。

伊東 片付け用にスコップを使うといっていたので、試合後に使うぐらいなら試合中に使ってやろう、と。今までの画びょうマッチでは使ったことはなかったです。

趣味の読書や釣り、普段の生活のあらゆる場面で「プロレスに使えないかなと思って生きている」という伊東のひらめきがさえた。

試合は王者高橋が伊東をブレーンバスターで投げ、最後は蛍光灯の上にたたきつけて2度目の防衛に成功。試合後、会場は湿度のある熱気と、幸福感さえ漂う不思議な雰囲気に包まれた。

やぼな質問だと思いながら2人に聞いたが、画びょうはやっぱり相当痛いらしい。それでもデスマッチファイターは戦うことをやめない。「2度とやらなくていいかなと思いながら、50万個ぐらいでもいけるんじゃないかな、と思う気持ちもあります」と伊東は笑った。

凶器を用いるデスマッチは決してメジャーな形式ではない。流血を嫌う人も少なくないだろう。ただ、そこには体だけでは表現できない奥行きがある。大日本の登坂栄児社長はその魅力を「身近なものでお客様も同様に痛みを共有できる。戦うことが、生きているということを感じるものだと共感できる一つの試合形式ではないか」と語る。

今後も大日本プロレスでは観客とともに作り上げるデスマッチを続けるという。常軌を逸した企画に期待したい。【高場泉穂】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

34万個画鋲デスマッチを終え、リングに転がる伊東竜二(奥)と高橋匡哉(2019年1月14日撮影)
34万個画鋲デスマッチを終え、リングに転がる伊東竜二(奥)と高橋匡哉(2019年1月14日撮影)