プレーバック日刊スポーツ! 過去の11月27日付紙面を振り返ります。2010年の1面(東京版)はボクシング長谷川穂積の2階級制覇を報じました。

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<プロボクシング:WBC世界フェザー級王座決定戦◇26日◇愛知・日本ガイシ ホール◇観衆7500人>

 おかん、やったで! 前WBC世界バンタム級王者の長谷川穂積(29=真正)が、日本人初の“飛び級”で、2階級制覇の偉業を成し遂げた。体格で上回る不敗の同級1位ファン・カルロス・ブルゴス(22=メキシコ)と真っ向から打ち合いを挑み、左強打を再三打ち込み、3-0の判定で打撃戦を制した。バンタム級王座陥落から7カ月。10月24日に他界した母裕美子さん(享年55)に復活の勇姿を届けた。

 かわして、しのいでも、間違いなく判定勝ち。なのに、打ち合った。最終12回、残り30秒を切ると、長谷川は足を止めた。逆転KOしかないブルゴスにつき合い、最後は手数と気迫で上回った。けたたましい「穂積コール」の中、ゴングが鳴った。弟分の粟生が泣きながら、抱きついてきた。

 10度防衛したバンタム級から2階級(約3・6キロ)上げた。不敗の相手は身長で6センチ上回る。パンチは強く、強打を当てても倒れない。7回、長谷川はアッパーをもろに食ってぐらついたが、しゃにむにパンチを振るい、押し返した。左強打で8回にはブルゴスの右目が腫れ上がる。クレバーで、鮮やかないつものスタイルではない。鬼の形相で真っ向から拳を交える男がいた。

 「終わって良かった。勝てて終わって…。しょうもないどつき合いに付き合って…。本当は母親をもっと安心させられる、もっと格好いいボクシングがしたかったんですけどね」。右まぶたの上が切れ、腫れ上がった顔で笑った。リングサイドでは、おかんの遺影が笑っていた。6月に担当医から母の余命が3カ月と告げられた。悲しみに暮れる家族を、5人姉弟の長男として支えた。7月に家族で旅行に出かけた。母は車いすから立って、カラオケで「UFO」を歌った。それでも10月24日、母は逝った。2日前には痛み止めも効かなくなり「お願いやから、もう楽にして…」「死なせて…」と家族に泣いてすがっていた。それなのに…。

 母の日記があった。

 「穂積にチャンスを与えてください。どんな痛みにも我慢しますから。天国に行っても守れるんかな」。

 絶筆の一文だった。涙で最後まで読めなかった。

 この日の会場入り前、中継局の日本テレビから、この半年の自分を追いかけた番組のDVDをもらって、見た。「試合ができるんかな」と思うほどボロボロ泣いた。まぶたをはらしてリングに立った。試合後は1度だけ「おかん」と呼んだ。「試合が終わったとき、胸の中で『やったよ、おかん』と言いました」。それ以外は全部「母親」。もはやそれほど尊い存在なのかもしれない。

 来月16日、30歳になる。4月に王座を奪われたモンティエルとの再戦が実現できず、2階級上に目標を切り替えて偉業を成し遂げた。初防衛戦の相手は、そのモンティエルを破った男、ジョニー・ゴンサレスが最有力候補。「バンタムは強いボクシングやったけど、フェザーはうまいボクシングで。ちょっと分かりました。これからフェザー級の体と感覚をつくっていきます」。初防衛戦からは戦い方を変えるつもりだ。

 新天地で目指すボクシングは、ショートの連打を使って、足も使って、打たせない「うまいボクシング」。それを学び、完成させたい。それがそのまま「おかんの好きなボクシング」だから。

※記録と表記は当時のもの