かつて新日本プロレスのリングで、故アントニオ猪木さんの最大の宿敵として数々の死闘を繰り広げた「インドの狂虎」ことタイガー・ジェット・シン氏(82)が、神奈川・横浜市の猪木さんの墓前を訪れた。トレードマークのサーベルを携えながら、ときに静かに、ときに往年の気迫をみなぎらせながら、希代のライバルへの深い愛情と知られざる秘話を語った。
シン氏は墓前に立つと、自身が日本マット界へ足を踏み入れるきっかけとなった出来事から振り返った。海外のテレビ番組で司会者を平手打ちし、そのニュースが世界中を駆け巡った直後のことだ。翌日の興行で5万4000人もの観衆を動員してソールドアウトを記録すると、そのうわさは日本のプロレス界にも届いた。
「ジャイアント馬場さんも私を欲しがり、猪木さんも私を欲しがった。小さな決断ではないから、息子のジュニアにも相談して『考える時間をくれ』と伝えたんだ。すると翌日、猪木さんから熱烈なメッセージが届いた。馬場さんは一歩遅かった」
こうして実現した猪木さんとの対面を、シン氏は「一目ぼれのようなものだった」と懐かしんだ。
「私たちには共通して、レスリングに対する素晴らしい哲学と、優れたファイティング・スピリット(闘魂)があった。そして、それをリングの上で何度も証明してみせたんだ。新日本プロレスで21%という信じられない最高視聴率を記録し、北海道からどこへ行っても会場は超満員だった。それが私たちの人生であり、物語だった。本当に楽しかったし、私はこの男を愛している」。
1970年代から80年代にかけ、新宿伊勢丹前での襲撃事件や数々の流血戦など、プロレス史に残る抗争を繰り広げた2人。その激闘の中で、シン氏は猪木さんのアームブリーカーによって実際に腕を骨折する重傷を負ったことにも言及した。
「リングの上では闘魂のぶつかり合いだが、リングを降りれば彼も一人の人間であり、私も一人の人間だ。故意に傷つけようとは思っていなかったが、アクシデントで彼は私の腕を折った。多くの人がそれを見ただろう? 私は今でもその古傷の痛みに苦しんでいるよ」。
そう言いながらも、シン氏の表情に険しさはない。「だが、彼に対する恨みは一切ないんだ。間違いは起きるものだからね。だから、どこで彼に会おうとも、私は敬礼を送るよ。『神のご加護を』とね」と話した。
静かに思い出を語り終えたシン氏は、報道陣のリクエストに応えてサーベルを構えると、「ハァーッ! タイガー・イズ・ナンバーワン!」と往年さながらの咆哮を響かせ、「イチバン!」の言葉を添えた。
さらに、自身の自宅があるカナダまで会いに来て涙を流した日本人ファンのエピソードに触れ、「私は勤勉な日本の人々が大好きだ。みんなが注いでくれる本物の愛を感じている」と感謝。最後は猪木さんの墓石に優しく寄り添い、笑顔で写真に納まりながら、永遠のライバルとの再会を締めくくった。
またシン氏に動向した息子のタイガー・アリ・シン氏は「息子として、日本のすべてのプロレスファンの皆さんに感謝を申し上げたいです。皆さんが本当にたくさんの愛を示し、熱狂してくださるので、父がこれほど愛され、リスペクトされているのを見て、私自身とても幸せな気持ちになります。ですので、今回は少し長く滞在する予定です。サイン会でファンの皆さんとお会いします。その後は大臣を訪問し、寄付を行う予定です。私たちの『タイガー・ジェット・シン財団』は、ご存じの通り、以前の福島の東日本大震災の際にも支援を行いました。ですので今回、日本の子どもたちのチャリティーにさらに2万ドルの寄付を行い、子どもたちのより良い教育、体力づくり、健康のために役立てていただきたいと考えています」と話し、新たな寄付を行うことも発表した。

