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OGGIの「毎日がW杯」

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荻島弘一(おぎしま・ひろかず):1960年(昭35)東京都出身。84年に入社し、スポーツ部勤務。五輪、サッカーなどを担当して96年からデスク。出版社編集長を経て05年から編集委員として現場取材に戻る。

ミック・ジャガーの呪い…ブラジル戦々恐々


 ブラジルで「ミック・ジャガーの呪い」が話題になっている。準々決勝のブラジル-コロンビア戦、ブラジルサポーターが持ち込んだのはコロンビアのユニホーム姿をしたミック・ジャガーのパネル。「ミックが応援したチームは負ける」の呪い通りにコロンビアは敗退した。ブラジル国内では、ミックに対して「どうか、準決勝以降も観戦しないで。ブラジルを応援しないで」の声が出ている。

 「呪い」が浮上したのは前回10年南アフリカ大会から。決勝トーナメント1回戦、ビル・クリントン元大統領とともに米国を応援したがガーナに延長負け、続いて母国イングランドに声援を送るもドイツに大敗、準々決勝ではブラジルを応援したがオランダに惜敗した。肩入れするチームがことごとく敗れたのだ。

 「呪い」の威力は、4年たってさらに増した。コンサートのMCでイタリアとポルトガルを応援し、自身のツイッターでは「レッツゴー! イングランド!」とつぶやいた。しかし、3カ国はいずれも1次リーグ敗退。「死のD組」でイタリア、イングランドと同居したコスタリカ躍進の「陰のMVP」になった。

 実は、これだけではなかった。98年フランス大会の決勝トーナメント1回戦では、イングランドを応援するためにアルゼンチン戦を観戦。ベッカムが退場した上にPK戦で敗れた。06年ドイツ大会準々決勝ポルトガル戦でもルーニー退場でPK戦負けしたイングランドを見届けた。ちなみに、98年も06年もブラジルが敗れた試合のスタンドには、ミックの姿があった。

 ミック・ジャガーとW杯の関わりは深い。82年スペイン大会、収益を上げるために大会の盛り上げが不可欠だと考えたFIFAは、試合と同時に「文化イベント」を企画した。今でも続けられているイベントの第1段が、ローリング・ストーンズのコンサート。2次リーグのスタート直後に、欧州ツアー中のストーンズの公演を組み込んだ。

 そういえば、当時30代のミックは、スペイン国旗を身にまとって登場。「Vamonos! Espana(行け! スペイン)」と同国に声援を送り、沸き上がるスタンドを目がけてサッカーボールを蹴りこんだ。ところが、その直後の2次リーグでスペインは敗退。恐るべし、ロック界のレジェンド。「呪い」は30年以上前からだった。

 この大会、ミックは決勝戦前に「3-1でイタリアが優勝」と予想し、結果はその通りになった。当時は「さすがサッカー好きのロックスター」と話題になった。06年大会も決勝戦前にイタリア優勝を予言して的中させた。しかし、実はその裏でドイツとフランスに「呪い」をかけていたのかもしれない。

 その後もW杯関連のイベントに積極的に登場、大会ごとにプライベートでも観戦する。実際には応援したチームが勝った試合もあったし、すべてが負けたわけではない。それでも、あの独特の風貌でスタンドに座れば目立つ。テレビも当然のように映し出す。マラドーナやペレ、ベッケンバウアー、クライフと必ず登場するレジェンドたちにまじって、ミックも「W杯のレジェンド」なのだ。

 70歳のミックは、今でもファンを大切にする。イタリアやポルトガルで「頑張れ」と代表チームを応援するのは、来場したファンが喜ぶから。国民がサッカー好きなことを知っているから。サービス精神なのだ。

 4カ月前、東京ドームのコンサートに行った。「カエッテキタゾ」と日本語であいさつし、ファンを喜ばせた。しかし、サッカーの話はなし。もし、日本人がサッカー好きだと思えば、日本代表のユニホーム姿で「W杯頑張れ」と言ってくれたかも。日本も早くミックが「呪い」をかけてくれるようになればと思う。























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