手にすれば、あの日の“美酒”がよみがえる。

今でも語り継がれる約2センチ差の激闘から15年。名牝ウオッカの「G-OneCup」を手にした武豊騎手は「ウオッカの日本酒…面白いですね」と目を細めながら「お父さんのタニノギムレットには(02年の)ダービーを勝たせてもらいましたし、思い出深い1頭です」と懐かしんだ。

名手2人と名馬2頭による極限の戦いだった。08年11月2日、第138回天皇賞・秋。相手は安藤勝己騎手とダイワスカーレット。ただ、ライバルの存在は頭に入れないようにしていたという。

「乗りやすい馬ではなかったので(ダイワスカーレットのことは)意識せずに自分のレースをしようと思っていました」

道中は中団外につけたが、決して理想的な展開ではなかった。

「行きたがっていましたし、前に(馬がおらず)壁もなくて、直線を向くまで、いい感じできたわけではなかったです」

525・9メートルの府中の直線で、右手のステッキを振るって外からスパートした。内で応戦したダービー馬ディープスカイをねじ伏せるようにかわす。だが、左前方にはもう1頭がいた。青と白の勝負服。そう、ダイワスカーレットだ。

「スッと反応してくれて一瞬の脚でディープスカイより前に出たんですけど、ウオッカもいっぱいいっぱいで、最後は苦しそうでした。相手もしぶとかったので…」

そのゴールの瞬間、右手でウオッカの首を押し込みながら、顔は左を向いている。視線の先にはライバルとゴール板。届いたか-。百戦錬磨のレジェンドには、わずかに前へ出た手応えがあった。

「『勝ったんじゃないか』とは思いました。安藤さんも(ゴール後に)『おめでとう』と言ってくれたので」

その感触は数分後に揺らいだ。検量室前へ引き揚げると、1着馬の枠場(鞍を外す場所)にいたのはダイワスカーレット。首をかしげながら下馬した。勝敗はなかなかつかない。重苦しい時間。写真判定は15分にも及んだ。

「もう『同着にしてくれ』と思いましたね」

忘れられない場面がある。決着を待ちわびて入った裁決室。安藤騎手と並んで座り、繰り返し流れるレース映像を見ていた。そこへ結果を知らせるJRA職員が入ってきたという。

「『どっち?』って聞いたら僕の方を指してくれて。そうしたら、安藤さんが握手してくれました」

わずか1000分の1秒ほどの差で分けられた勝者と敗者。互いに握った右手で、健闘をたたえ合った。

「あの鼻差は大きかったです。2センチがこんなに大きいとは。個人的には結果が出せていなかったので、『やっといい仕事ができた』という気持ちでした」

ウオッカの手綱を握ったのは4度目だったが、過去3度は勝てていなかった。だからこそ、責任を果たした安堵(あんど)感が大きかった。

「強い馬が力を出し切って、お客さんも盛り上がってくれました。いいレースでしたね」

その後味はさわやか。長い余韻はいつまでも人々の心に残り続ける。