横浜(神奈川)の最速157キロ右腕、織田翔希投手(3年)が15日、横浜市内の同校で進路に関する会見を開き、大学進学を含む米国挑戦を表明した。国内でプロ入りならドラフト1位確実だった剛腕がNPBを経由せずに海を渡る。

15歳で親元を離れ、福岡・北九州から横浜にやってきた。高校3年間を「もう単刀直入に横浜高校に来て良かったなと今は思ってます。最初は悩んで、やっぱり不安もありましたけど、実際、今に至るまでにたくさんお世話になりましたし、野球人としてもそうですし、人としての部分もすごく学ばさせていただいたので」と感謝の思いを口にした。

横浜では技術向上だけではなく心も強くなった。最も印象に残っている瞬間は「横浜高校のユニホームを着て負けた試合」とした上で「横浜高校はすごく伝統のある学校ですし、本当にたくさん応援してくださる方がいるなって、試合で投げててもそうですし、すごく感じました。大舞台で投げる心の部分だったり、マインドの部分っていうものは、アメリカに行ってもすごく大切になってくるかなという風には思います」と横浜での経験を米国でも生かすつもりだ。

お世話になった村田浩明監督(40)、高山大輝部長(34)らに対しては「横浜高校に来たからこそ出会えた方もすごくいらっしゃいますし、これまでたくさん応援してくださった方もいるので、そういった方々への感謝の気持ちは絶対に忘れずに、恩返しできるように頑張っていきたいなと思います」と力を込めた。

【コメント全文】横浜・織田翔希「世界で絶対に戦いたいという気持ちが芽生えた」米球界挑戦