西序二段26枚目の黎大丸(れおんまる、27=式秀)が、現役最後の取組を白星で飾った。東序二段34枚目の千代剣と対戦し、立ち合いから一気に突き倒した。

「声援が多くて、土俵で泣きそうになりました。最後にいい相撲が取れて良かった」。花道を下がる際には、入門時から応援してくれていた観客から花束を受け取った。

両ひざが限界に達し、引退を決めた。今も分厚いサポーターが欠かせない。左膝は7年前、右膝は4年前の手術を受けた。どちらも前十字靱帯(じんたい)断裂の大けがだった。「日常生活でも痛い。稽古も痛くて集中できず、親方には1月場所後に(引退を)相談しました」。「悔いはないか?」と聞かれ、首を縦に振った。

思い出の取組は2番ある。1つは、2023年夏場所で序ノ口優勝がかかった一番。全休が続いて番付外まで陥落した後、序ノ口から再起した。6連勝し、優勝をかけて春山と対戦した。相手は日大出身の実力者。「一番緊張しました。思うようには取れませんでした」。もう1番は、東序二段4枚目だった2024年夏場所13日目。3勝3敗で迎えた七番相撲で、天恵を寄り切って勝った。初めての三段目昇進を決めた相撲だった。

次の名古屋場所で三段目に上がったが、蜂窩(ほうか)織炎にかかって入院し、全休を強いられた。西三段目74枚目、この場所が自己最高位となった。

母が式秀部屋の後援会に入っており、稽古見学に行って師匠の式秀親方(元幕内北桜)から声をかけられたことが入門のきっかけ。相撲界に入って、学んだことは数え切れない。「礼儀も私生活もそうですが、親方に言われたことは最後まであきらめないことです。『2、3年後に結果が出る稽古をしろ。すぐ結果を意識するのではなく、未来につながることを意識しろ』と言われてきました」。

引退後の道は、これから模索していく。「16歳で入ったので、社会に出ていろんなことをやってみたい。やりたいことを探したいです」。

黎大丸のしこ名は、本名の「黎大」から取った。「黎明(れいめい)期という言葉があるように、暗いところから明るいところへ出るという意味があります。外国でも誰でも呼びやすいように、どこでも通用するようにと、親が付けてくれました。気に入っています」。黎大丸の第二の人生はこれから。千秋楽の翌28日に、式秀部屋で断髪式を行う。【佐々木一郎】