20年東京五輪。7月24日の開会式で、雨の確率はわずか5・88% !  酷暑、猛暑が予想される東京五輪・パラリンピックで、気象対策は大会成功の大きなカギとなる。それだけでなく、現在、気象予報は、選手のパフォーマンスそのものに大きな影響を与えるまでに発展した。16年リオデジャネイロ五輪で、ラグビー、トライアスロンなど7競技18チームをサポートした民間最大手の気象会社「ウェザーニューズ」社(WN)に、そのノウハウと東京五輪時の気象予測を聞いた。【取材・構成=吉松忠弘】


■リオも支えた「ウェザーニューズ」社が解説&20年予測


2015年ラグビーW杯イングランド大会で日本は南アフリカを破る金星を挙げる
2015年ラグビーW杯イングランド大会で日本は南アフリカを破る金星を挙げる

 20年東京五輪は、湿度70%以上で蒸し暑いが、雨の確率は約6%と低く、穏やかな天気の開会式で幕を開ける!? WN社には、スポーツ気象を専門的に扱うチームがある。その浅田佳津雄リーダー(42)が、開会式の行われる20年7月24日の予報を、気象庁の過去17年のデータを基にはじき出した。

 自然が相手のため、専門家でも3年先の特定の日と時間の天気を予測するのは困難だ。しかし、過去から傾向はうかがえる。

 例えば、天気が大きな影響を与えるマラソンは、男子が20年8月9日の朝早いスタートの予定だ。同日の午前6時から正午までの7時間を見ると、過去17年合計119時間で、雨が降ったのは9時間だけ。93%の110時間は、雨が降っていない。ただ、50%の確率で湿度は70%を超えるため、雨がなくとも午前でも蒸し暑さを感じるマラソンになる傾向だ。

 東京五輪は酷暑、猛暑が不安視される。政府は、競技会場周辺を3地点選び、16年に五輪開催と同じ期間の「暑さ指数」を測定した。その結果、熱中症予防運動指針で「運動は原則中止」となる指数31度以上を複数日で記録した。

 WN社が、64年東京五輪から10年間と、直近の07~16年の10年間で、東京五輪が開催される時期の天候を比較した。それによると、現在は50年前と平均湿度は変わらないが、平均気温は約1度上昇。それに伴い、降水量が飛躍的に増えている。ゲリラ豪雨などの影響だ。

 大まかに言えば、東京五輪期間中は1日平均気温28~29度、湿度70~75%、期間合計の雨量50ミリという傾向が見られる。高温多湿の厳しい気象条件をどうクリアするか。加えて、地の利を生かした気象予測は、大会運営だけでなく、選手自身のパフォーマンスにも大きく関与し始めている。

 WN社が、選手のパフォーマンスや勝利への対策に深く関わるようになったのが、15年ラグビーW杯イングランド大会。98年に入社し、06年に1度退社した浅田リーダーが15年に戻ってきたことがきっかけだった。浅田氏は元ラグビー選手で、現在も母校成城大ラグビー部のGMを務める。

 「トップリーグ運営のために、以前から気象情報を提供していた。その関係で、代表のジョーンズHCが、天気に非常に関心が高いと聞いたのが最初だった」


■「この風は今だけ、試合は晴れます」


 もともと日本代表は、当時の中島正太アナリストが毎朝5時に、気象情報をジョーンズHCに提出していた。「それこそ我々の得意分野。サポートを申し出た」というのが、15年6月ごろ。すでにW杯本番まで半年を切っていた。

 「まず、予選3会場の過去の気象データを分析。1会場5~10ページにまとめ、選手に配った。自分たちが、こういう場所で戦うというイメージとシミュレーションをしてもらった」

 日本代表の初戦、南アフリカ戦はドーバー海峡に面したブライトンが会場だった。「過去の分析データから、海が近いので風が強かったり、雨が降りやすい傾向があった」。実際、代表が本番4日前に現地入りした日、天候は大荒れだった。代表の担当者は、ポータブル観測機「ソラヨミマスター」で頻繁に、気温、風速など10種のデータを、現地から千葉の同社に送信した。そして、本番の9月19日を前に出した気象予報は、正反対の「穏やかで荒れない天気」だった。

 「過去のデータとは違う予報だった。それを信じてもらった。雨の日対策も風も意識せず、今まで準備してきたものをいかんなく発揮しようというマインドを共有してもらった」

 日本は南アを34-32で撃破。気象予報が、W杯最大の金星を陰で支えた。

 その後、WN社は15人制に続き、7人制ラグビー代表の支援も引き受けた。それがきっかけで、リオ五輪とパラリンピックで、ラグビーだけでなく、セーリング、トライアスロンなど7競技18チームのサポートを行った。

 WN社は、浅田リーダーを含む日本から5人のスタッフを派遣。現地のスタッフを加えた総勢6人で気象を分析し、情報を提供した。ただ、気象観測の機材台数は1桁に限られた。それが、東京五輪では、気象小型衛星1機に加え、ゲリラ雷雨など局地的な気象をとらえる80基のレーダー、アメダス観測地点の約3・5倍に当たる約3000地点に設置されている高密度観測センサーなどがフル回転する。そこからはじき出される気象情報は、厳しい気象が予想される大会だけに、地元日本勢にとって、大きな地の利となる。


ウェザーニューズ社の浅田佳津雄さん
ウェザーニューズ社の浅田佳津雄さん

 ラグビーW杯で関わった準備段階での情報提供だけではない。今、浅田リーダーが進めているのは、実際に試合に直接関わる選手と気象の関係だ。

 「例えば、選手が湿度70%を超えると動きが落ちる傾向があるとする。それが事前に分かっていれば、動きが落ちてからではなく、湿度が70%になる前に、交代要員を準備でき、70%を超えた時点ですぐに交代できる」

 浅田リーダーは、リオ五輪で、4年に1度、短い時間にかける選手たちの気迫を目のあたりにした。

 「今回外れても、次回で取り戻すという発想はない。その緊張感をリオで体感できたのが、東京に向けての大きな財産だった。そして、その緊張感の中に、少しでも気象が関与できたらうれしい」

 東京五輪では、まさに、自然を制するものが試合も制する。〝自然に勝て〟を合言葉に、気象情報が選手の行く末を握る。


 日本ラグビー協会は、15年W杯前の同年6月からウェザーニューズのサポートを受けるようになった。日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(当時)の要望に応えるため、スタッフがその日と1週間の天気、気温、湿度、降水確率、風の向きと強さを同社に確認。現在も15人制、7人制の男女の日本代表が同様のサポートを受けている。

 天気がラグビーの試合に与える影響は小さくない。スタジアムの形などを踏まえて風向きを予想し、その結果から前半勝負、後半勝負、エリアの取り方などの戦術を作り上げる。15年W杯の南アフリカ戦前も、現地入りした時は強風だった。だが、スタッフが「この風は今だけで、試合の日は晴れます」とヘッドコーチに伝え、荒天を想定した練習はせず、通常の準備で試合に備えた。日本代表の分析を担当する中島正太氏(31)は「ラグビーはどんな天気でも基本的にやるスポーツ。不安要素を消す意味でも、分かっていれば対応できることは少なくない」とその重要性を語った。


 <リオ7人制毎日提供>この気象データは、リオ五輪7人制ラグビーの日本代表に対し、フランス戦前に提供したもの。試合当日、会場は雨になることを予想し、ボールやピッチが滑りやすくなると指摘。風は、それほど強くなく影響しないと予想した。このようなデータを2~3枚、毎日、チームに提供していた。


 <極細ミスト噴霧器 路面温度抑制舗装>東京都環境局は、東京五輪に向け、いくつかの暑さ対策推進事業を行っている。17年度は予算1億円で、中央区、調布市を対象に、競技会場周辺で観客などが多く集まる地域において、微細ミスト噴霧器などを設置する費用の全額補助を決定した。すでに中央区では7カ所で設置が決まっており、同局の海老原努・地球環境エネルギー部環境都市づくり課長によると「19年度までに6地域程度で実施したい」という。また国土交通省とも手を組み、マラソンコースの路線を含む都道で、路面温度上昇を抑制する舗装などを約136キロ、整備する予定だ。


(2017年9月6日付本紙掲載)