沖縄県うるま市の県道で19日早朝、軽貨物車が練習中の競技用車いすに追突した事故で、県警は26日、意識不明の重体だった会社員上与那原寛和さん(55)が死亡したと発表した。上与那原さんは2008年北京パラリンピックのマラソンの銀メダリスト。
練習中の事故が原因で26日に亡くなったパラ陸上の上与那原寛和さんは、障害者によるスポーツが今ほど一般になじみがなかった頃から、長く国際舞台で活躍してきた。沖縄出身で、口数があまり多くない、穏やかな人柄。年下の競技仲間からは「バルさん」と呼ばれて慕われた。
2000年、バイクで移動中に交通事故に遭い、頸椎を損傷。足だけでなく、手にもまひが残った。本人はただの骨折と思っていたが、医師から「もう元に戻らない」と言われ「何を言ってるんだ」と受けいれがたい現実と向き合った。車いす陸上をリハビリで始めると、T52クラスで頭角を現した。
国内の競技会では、伊藤智也(バイエル薬品)、21年東京パラリンピック2冠の佐藤友祈(モリサワ)といった選手の陰に隠れていたが、世界選手権、パラリンピックになると調子を合わせ、後方からメダル圏内に食い込む勝負強さが光った。
「誰かのために走るのではない。生活の一部。応援してくれる人がいるから一生懸命走れる」と話していた。複数のパラリンピックでメダルを獲得した功績で、安室奈美恵さんらも受賞している沖縄県の県民栄誉賞を2度受賞。パラ陸上をよく知る関係者は「沖縄の英雄みたいな方」と突然の別れを惜しんだ。(共同)


