東京五輪金メダルへ、卓球の新リーグ、Tリーグが発足する。来年10月からは世界のトップを集めた1部リーグに相当するTプレミアリーグが開幕。今月からチームの公募も始まった。サッカーのJリーグ、バスケットボールのBリーグに続き、新リーグで強化と普及面での効果をもたらせるか。日本人初のプロ卓球選手で、Tリーグの松下浩二専務理事(50)は日刊スポーツのインタビューに応じ、五輪金メダルのための新リーグプランを披露した。【取材・構成=田口潤】


■日本人プロ第1号松下浩二専務理事の熱い思い


 2020年東京五輪後では遅い。日本卓球協会内で新リーグが検討されてから7年余り。試行錯誤が続いたが、来年10月に1部リーグ相当のTプレミアリーグが開幕する。インタビューの冒頭、Tリーグ専務理事の松下氏は東京五輪の2年前に新リーグを発足させる意義を強調した。

 「強い選手を集めて、世界一レベルの高いリーグを作り上げる。選手は国内で日ごろから、世界の強豪と戦うことで、いろいろなものが得られる。それが打倒中国、五輪金メダルにつながる」

 昨年リオデジャネイロ五輪では男子シングルスで水谷が銅、団体は男子が銀、女子が銅メダルを獲得。今年6月の世界選手権では女子シングルスの平野の銅を含む5個のメダル。張本が史上最年少13歳でベスト8に入るなど、日本卓球界の躍進は著しい。一方で世界的な国内リーグはなく、トップ選手は他国リーグに依存している状況だ。

 「今は男子がドイツやロシアのプロリーグ、女子は中国スーパーリーグなどに参戦して強化を図っている。やはり、中国を抜いて世界一になるためには〝出稼ぎ〟ではなく、自国のリーグで強化育成をしないといけない。日本人の手で、強くなるのが理想だし、国内に当たり前のように好環境があれば、指導者のレベルアップにもつながる。そのためにも(新リーグ発足の)タイミングは今。2020年以降では遅い。(公募した木下グループ所属の)水谷、張本選手、(同グループとスポンサー契約を結ぶ)平野選手は参戦してくれると思うし、福原選手も出産後はぜひ、出場してほしい」


 93年4月、25歳のとき、松下氏は日本卓球界のプロ第1号選手になった。もっとも、大学卒業時にプロ志向はなく、今までの慣行に従い、企業チームのアマチュア選手として生きていくつもりだった。明大卒業後、日本リーグにチームを持つ製薬大手の協和発酵(現在協和発酵キリン)に入社した。

 「卓球で飯は食えないし、仕事で頑張ろうと思ったけど、社内には頭の良い先輩と同僚。〝明大卓球部〟卒業の僕は太刀打ちできなかった。卓球では日本代表だけど、会社では県代表レベルだなと。これでは卓球も仕事も中途半端。これからの人生をどうしようと悩んだ」

 卓球界の先輩はどうしているのか。悩んだ末、世界選手権代表の先輩たちの進路を調べてみた。

 「8割の人間が、30代前半で卓球で入った会社を辞めていた。どうせ会社を辞めるのだったら、プロになろうと思った。逃げ道をなくして、卓球に人生を懸けようと思った」

 97年には日本人として初めてドイツのプロリーグ、ブンデスリーガに挑んだ。その後はフランス、中国と約10年間、海外プロリーグでもまれた。

 「そのときから日本でもプロリーグをつくりたいと思っていた。世界選手権など日本代表を経験しても、引退後は3分の1の人間しか、卓球の現場に携わっていない。現役時代、卓球を一生懸命頑張ってきたのに、引退後は生活に困るなんてことはあってはならない。セカンドキャリアも卓球で輝ける。日本卓球界のためにも、卓球で飯を食える環境をつくりたいと、考えるようになった」


 09年1月の全日本選手権を最後に引退。翌年の3月には日本卓球リーグ発展プロジェクトチームを立ち上げ、議論を始めた。以来7年余り。今年4月に一般社団法人Tリーグを設立。9月からは、来年10月のTプレミアリーグの開幕を目指し、チームの公募を開始。住宅メーカーの木下工務店などを傘下とする木下グループが第1号として男女両チームに公募した。来年1月には男女各4チームを決定する。

 他競技のリーグ同様、普及と強化は重要なテーマになる。

 70年代まで日本は世界の卓球界をリードし、中国勢を上回ってきた。だが、中国は50年代から国家全体で徹底強化。幼少期から選手を育成するシステムを構築し、80年代から世界選手権などでメダルを量産。現在の卓球王国を築いた。だからこそ、Tリーグは、チームに6歳以下の卓球スクールの創設を義務付けた。

 「Tリーグの役割として若い選手の育成がある。今の水谷隼、平野美宇らトップ選手は、みんな3歳くらいから競技を始めている。自分は小学2年からだったが、もうそれでは遅い。水泳や体操には地域のクラブに0歳から取り組める環境がある。卓球の場合、今までは熱心な親御さん、地域の方の指導に頼っていた。Tリーグのチームが組織化することで、定期的に強い選手が輩出できるようにしたい」

 長年の夢に1歩踏み出せたことで、いろいろなアイデアがあふれる。

 「将来的には中国、韓国、台湾を巻き込んで、アジアチャンピオンズリーグも作りたい。そこで強化はもちろん、ピンポン外交と言われたように、卓球で平和にも貢献できれば」

 「卓球は台さえあれば、試合が可能。これは他のスポーツにはない強み。体育館だけでなく、モール、空港、コンサートホールも大会会場になる。気軽に体験もできるから、一般の方の健康増進にも貢献できる」


 来年1月にチームを決めて、10月に開幕。時間はない。会場選び、テレビ中継、リーグ自体のスポンサー探しなど、課題は山積みだが、表情は明るい。日本卓球界初のプロ宣言、海外プロリーグ参戦と、失敗を恐れず、挑み続けてきた。さらにある恩師の言葉が、自身の挑戦心を支えている。「ミスター卓球」と呼ばれた、元国際卓球連盟会長だった故荻村伊智朗氏の「遺言」。

 「94年の日本代表合宿。荻村さんが選手を集め〝君たちの一番大事で大切なものは何か〟と問い掛けた。戸惑いが広がる中で、荻村さんは一言、〝命だ〟と言った。今考えれば、当時すでに体調が悪く、先が危ないと感じられていたのかもしれない」

 その数カ月後、荻村氏は62歳の若さで死去した。

 「どんな挑戦をしても命はとられない。命があれば、頑張って何でもできる。1度きりの人生。守りに入るつもりはない」

 現役時代から攻め続けてきた卓球人生。Tリーグを世界一のリーグにし、東京五輪では、日本選手に金メダルをもたらす。壮大な夢への挑戦が始まった。

<卓球新リーグの設立までの経過>

 ★10年3月 日本卓球リーグ発展プロジェクトチームが発足。

 ★12年3月 日本協会内にプロリーグ設立検討準備委員会が発足。

 ★15年4月 同委員会がプロリーグ設立検討準備室に変更。

 ★16年12月 日本協会の理事会で、新リーグのTリーグの設立を承認。

 ★17年4月 一般社団法人Tリーグを設立。

 ★17年9月 日本協会の藤重会長がTリーグ理事長、松下氏が専務理事に就任。

 <日本女子トップ世界5位の石川佳純の話> 世界で1番のリーグになれば、レベルアップにつながる。今の女子では中国スーパーリーグが1番。Tリーグが1番になれば、日本で鍛えられる。日本で試合する機会も増えるし、期待したい。


 ◆Tリーグ 18年10月に開幕するプロアマ混在のリーグ。世界のトップを集めた1部リーグの名称は「Tプレミアリーグ」で事実上のプロが参戦する。現在チームを公募中で男女各4チームでスタートする。試合は団体戦方式。選手は1チーム6人だが、世界ランク10位以内の実績ある選手の加入も必須。チーム名に企業名をつけられるが、地域密着のホームアンドアウェー方式を採用するため、地域名も入れる。普及、強化のため6歳以下の育成機関も持たせる。2部のT1、3部のT2は20年以降の発足を目指す。

 ◆松下浩二(まつした・こうじ)1967年(昭42)8月28日、愛知県生まれ。明大卒。93年に日本人初のプロ卓球選手に。ドイツ、フランス、中国リーグで活躍。全日本選手権男子シングルスで4度、ダブルスで7度優勝。世界選手権10回、五輪は92年バルセロナ、96年アトランタ、00年シドニー、04年アテネと4大会連続出場。09年に引退。現在は日本卓球協会理事。Tリーグ専務理事。


Tリーグ参加条件
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