【中日岡田俊哉】大けが乗り越え帰ってきた左腕が語る覚悟「何でも来いって感じです」

中日岡田俊哉投手(33)が5月1日、支配下契約を結び、復帰会見をバンテリンドームで行いました。23年春季キャンプの練習試合登板中に、右大腿(だいたい)骨を骨折。2年間の厳しいリハビリ、調整期間を乗り越え、再び1軍マウンドを目指します。野球人生の危機となった大けがのこと、野球への思いなどを会見で実直に語ってくれました。

プロ野球

◆岡田俊哉(おかだ・としや)1991年(平3)12月5日、和歌山県生まれ。智弁和歌山では春夏4度甲子園出場。09年ドラフト1位で中日に入団し、背番号11を背負う。12年川上の中日復帰にともないチェンが背負っていた21番を受け継いだ。24年からの育成時代の背番号は210。178センチ、69キロ。左投げ左打ち。

背番11「慎之介が『ぜひつけてくれ』と」

小笠原慎之介(左)と

小笠原慎之介(左)と

会見場に現れた岡田のユニホームの背番号は「11」だった。

自身も入団時から2年間つけ、昨季まではメジャー、ナショナルズに移籍した小笠原慎之介投手(27)がつけていた番号だ。

岡田候補はほかにあったんですけど、慎之介がアメリカに行く前に『ぜひつけてくれ』という言葉をもらっていたので、そこの部分が大きかった。やっぱりルーキー時代に帰ってきたじゃないけれど、もう1回1からやり直すつもりでやってきたので。年齢はいっちゃったんですけど、まだまだ若い子たちに負けないようにやっていきたい。

09年ドラフト1位で智弁和歌山から入団。通算350試合に登板し19勝23敗19セーブを誇る左腕が、野球人生の危機となる大けがをしたのは2年前、23年2月22日、北谷での楽天との練習試合でのマウンドだった。

23年2月22日 楽天ウレーニャに投球後、足を滑らせ倒れる

23年2月22日 楽天ウレーニャに投球後、足を滑らせ倒れる

6回に登板し、ウレーニャに初球を投じた際に地面についた右足を滑らせ転倒。自力で起き上がれず、騒然とする球場に救急車が入り、マウンドに横付けされた。

マウンドに横付けされた救急車で搬送される

マウンドに横付けされた救急車で搬送される

「痛い」と声を上げるシーンも見られた。当時の立浪監督は「動かすと痛いと。びっくりした。相当なケガだと思う」と話していた。

「日常生活が普通におくれるようになれば100点じゃないか」

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福岡県出身。西南大卒。1998年西部本社入社。
広告部で営業、報道部では九州のレジャー面や高校野球などを担当。
紙面レイアウト部門の整理部に11年所属したあと、2012年から37歳で初のプロ野球記者。ソフトバンクを8シーズン担当。5度日本一(18、19年は2位からの下克上日本一)を経験。
2020年は西日本のアマ野球担当もコロナ禍で春、夏とも甲子園大会中止。
21年から阪神担当。23年はキャップとして38年ぶり日本一を取材後、整理部へ。阪神の紙面などを担当。
25年2月から再び現場へ戻り中日担当。50歳で初の名古屋生活。
趣味は休日の野球観戦。野球グッズ集め。