父が選ばせた野球一本道をひた走ったソフトバンク栗原陵矢 本塁打争いトップひた走る
ソフトバンクの4番打者栗原陵矢内野手(29)は、父和弘さん(58)の厳しくも優しい愛情をたっぷり受けてきました。野球をさせたかった父の思い通りに野球を始めた栗原選手はソフトバンクを、日本を代表するスラッガーとなりました。
プロ野球
★栗原陵矢が語った主な内容
- 「野球以外にないです」父が選ばせた一本道
- 父からのキャッチャーミット プロ1年目も使い続けた理由
- 開幕戦1号から両リーグ最速20号 今も映像を送ってくる父の存在
◆栗原陵矢(くりはら・りょうや)1996年(平8)7月4日、福井県生まれ。春江工では2年春にセンバツ出場。14年ドラフト2位でソフトバンク入団。捕手だったが、打撃を生かし野手に。レギュラーに定着した20年は日本シリーズMVPを獲得。21年には東京五輪代表。準々決勝・米国戦で、同点タイブレークの延長10回に代打で初出場。1球で犠打を決め甲斐のサヨナラ打を呼んだ。わずか1打席の出番だったが、金メダルに貢献した。24年に三塁手でベストナイン、ゴールデングラブ。26年から選手会長に就任。178センチ、84キロ。右投げ左打ち。今季推定年俸1億4000万円。
グラブを手に5歳で始まった野球人生
「厳しい父でしたね。厳しかった」。栗原は父について聞かれると、まず一言目にそう答えた。保育園に通う5歳のころ、グラブをプレゼントされた。バットとボールも。
「父ちゃんがもう野球しかさせなかったですし、『それ以外、応援しなかった』って言われましたよ」。運動神経抜群で、仮にサッカー、バレーボール、水泳などほかのスポーツに進んだとしても名選手になっていたかもしれないが、和弘さんは野球をする栗原しか応援しなかった。
「だから、もう野球以外にないです。できなかったです」。森田小1年から森田ファイターズで軟式野球を始め、野球人生がスタートした。右投げ左打ちになったのは「小学校の監督が小1の時に」と指導者の影響で父の指示ではなかった。
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福岡県出身。西南大卒。1998年西部本社入社。
広告部で営業、報道部では九州のレジャー面や高校野球などを担当。
紙面レイアウト部門の整理部に11年所属したあと、2012年から37歳で初のプロ野球記者。ソフトバンクを8シーズン担当。5度日本一(18、19年は2位からの下克上日本一)を経験。
2020年は西日本のアマ野球担当もコロナ禍で春、夏とも甲子園大会中止。
21年から阪神担当。23年はキャップとして38年ぶり日本一を取材後、整理部へ。阪神の紙面などを担当。
25年2月から再び現場へ戻り中日担当。50歳で初の名古屋生活。
趣味は休日の野球観戦。野球グッズ集め。
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