【中田誠人の言葉】璃士に見え始めた「シニアの自覚」数年前の助言を今、自分から

今季からシニアに転向した世界ジュニア選手権2連覇の中田璃士(17=MFアカデミー)が、東京夏季競技会でシニアカテゴリー初戦を迎えました。演技後、父で指導にあたる誠人コーチ(42)が取材に応じました。シニアデビューで感じていた重圧、本番で見えた課題、ジュニア時代からの変化について語ったコメントを「中田誠人コーチの言葉」としてお届けします。

フィギュア

<フィギュアスケート:東京夏季競技会>◇23日◇東京辰巳アイスアリーナ◇男子ショートプログラム(SP)





東京夏季競技会 男子SPで演技を終え、父でコーチの誠人さん(左)と話す中田璃士(撮影・山本朝陽)

東京夏季競技会 男子SPで演技を終え、父でコーチの誠人さん(左)と話す中田璃士(撮影・山本朝陽)


―璃士選手は「めちゃくちゃ緊張した」と話していました

だいぶ緊張していましたね。最初の6分間練習で滑り始めた時から、もう抑えめだったので。ああいう時は大体良くないですね。

―ウオーミングアップにも長い時間をかけていた

普段からちゃんとやっています。今日も朝練の前に早めに起きてやっていました。最近はその後のケアやストレッチなどもちゃんとやっていて、多分、本人なりに全力は出していると思うんですけど。

―緊張は、長く過ごしたジュニアからシニアへ上がる意識によるものですか

何ですかね。多分、「シニアデビュー」ということで、皆さんの注目度がすごい。この何カ月かは、そういう質問やコメントを求められることも多かったので、多分、本人なりに「ちゃんとやらないと」と気負っている感じはありました。


東京夏季競技会 男子SPで演技を終え、観客に手を振る中田璃士(撮影・山本朝陽)

東京夏季競技会 男子SPで演技を終え、観客に手を振る中田璃士(撮影・山本朝陽)


―この2~3カ月、シニアを見据えてどのように取り組んできましたか

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スポーツ

泉光太郎Kotaro Izumi

Kanagawa

神奈川県横浜市生まれ。2019年に大学卒業後、地方紙に入社。警察担当記者を経て翌20年から運動部に異動し、アマチュア野球やインターハイ、箱根駅伝100回大会など取材。
24年パリ五輪・パラリンピックでは地元選手を追ったものの、現地取材はかなわず…。しかし、オリンピック関連取材をきっかけに本格的にスポーツ記者を志し、翌25年春、日刊スポーツに転職。高校野球取材で西東京大会を担当後の8月からスポーツ部の一員となった。
サッカー日本代表の森保一監督にあいさつした際には「完全移籍選手」と命名された。趣味は料理と駅伝観戦。自宅で、ぬか床を育てるなど発酵食品が好き。