
【ラグビー激動の1995〈3〉】姉ちゃん勝たせてくれ…サントリー尾関弘樹の祈り
神戸製鋼の連覇を止めたサントリーは、決勝まで勝ち進んだ。相手は三洋電機。後半途中まで一時は19点差をつけられながら、ベテランWTB吉野俊郎の連続トライで7点差に迫る。迎えた後半ロスタイム。再び、奇跡は起きた。連載の第3回はWTB尾関弘樹。(敬称略)
ラグビー
関商工から日体大 代表キャップ5
現在東京サンゴリアスでシニアディレクター
尾関弘樹(おぜき・ひろき)
1969年(昭44)10月18日、岐阜県各務原市生まれ。岐阜・緑陽中では野球部。関商工からラグビーを始める。冬の全国高校ラグビーは高2は2回戦で茗渓学園、高3は3回戦で日川に敗れた。日本体育大では2年時に全国大学選手権で準優勝。92年にサントリー入り。日本代表は96年5月11日の香港戦で初出場し通算5キャップ。引退後はサントリー(現東京サントリーサンゴリアス)のGMを経て、現在はシニアディレクター。
95年度社会人決勝、祈りは届き奇跡は起きた
彼はふと、空を見上げた。
冬空の隙間から光が差し込んでいた。
「勝たせて下さい」-
若くして旅立った姉はきっと、見てくれているだろう。
そして、力を貸してくれるだろう。
1996年(平8)2月11日、大阪・花園ラグビー場。
全国社会人大会決勝戦で快進撃を続けるサントリーは、三洋電機と顔を追わせた。
相手は前身の東京三洋時代から過去7度決勝に進み、1度も頂点に立ったことがなかった。
悲願の日本一へ、この試合にかける意気込みはすさまじかった。
後半15分に3本目のトライを許すとゴールも決まって8-27。差が広がった。
この時、サントリーの尾関は祈った。
「天に向かってお願いをしました。
19点差がついた時です。
見てくれていたんですかね。
そこから、追いついた」
後半21分にNO8オルソンの突破から吉野が1本返し、7分後にも再び吉野がトライを挙げる。
20-27。
勢いに乗りかけたサントリーだったが、主将のスクラムハーフ(SH)永友洋司が立て続けにペナルティーゴール(PG)を外してしまう。
7点差を追い、時計の針は後半ロスタイムへ。
そして、奇跡は起きた。
34年前 姉を亡くした夏、残した後悔
今から34年前の夏。
決して忘れることのない夏。
故郷の岐阜は曇り空だった。
日本体育大学ラグビー部2年の尾関は、実家に帰省する。
夏合宿前の短い休日。
いつもなら姉の車を借りて、母校である関商工のグラウンドに行って練習をする。
部がオフでも休むことはない。それが、努力ではい上がってきた彼の日課でもあった。
ただ、その日は友人の車で日本海まで泳ぎに行くことになった。
地元の百貨店で働いていた姉の真寿美は、弟が車を使わないことを知ると運転をして仕事へ向かった。
その帰り道。
自損事故を起こしてしまう。
即死だった。
警察から電話がかかってきたのは夜になってから。
「どこかで人に迷惑でもかけたのではないだろうか」
それが家族が抱いた最初の思いである。
警察に指定された場所に向かうと、そこは霊安室だった。
父の虎男、母の和代は、その場で泣き崩れた。
1989年7月30日。
あの夏の夜の光景を生涯、忘れることはない。
「俺が海に行かずに、いつも通り練習をしていれば、姉が事故をすることはなかった」
そうやって長い間、自分を責めた。
「このまま、ラグビーは辞めようかと思いました。
だいぶへこみましたし、親のことも心配でした。
先輩に励ましてもらったんです。
それで乗り越えることができた。
ただ、夏合宿に行く時は、自分にスイッチを入れるまで時間がかかった」
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茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。
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