【バレー高橋兄弟連載〈完〉】兄弟で歩む夢の続き パリ五輪から初代王者へ~塁と藍の物語

夢が現実になる日は近づいている。バレーボール男子、全日本のスター選手たちが世界一になる夢-。その中心に高橋藍がいるだろう。パリ五輪で世界一になれば1972年ミュンヘン五輪以来の快挙。そして兄の塁にも抱く夢がある。兄弟で日本一へ。物語の最終章。(連載最終回)

バレーボール

読者プレゼント

サインボールとサイン色紙を計11人にプレゼント。(受付は終了しました)

藍はパリ五輪へ!
塁の夢もまだ続く

「私は、今でも思っているんです。

一緒に全日本に立てるって」

母の小百合がそう話したのは、京都の桜が満開になる春のことだった。

その言葉が、いつまでも脳裏から離れなかった。

これまでひたむきにバレーと向き合ってきた塁は、客観的に自分を見ているように感じる。

どこまでも冷静で、自分自身を過大評価することはない。

「最高のシチュエーションは2人で全日本ですよね。でも、現実的に自分の力で全日本には…。

彼らは(パリ)五輪でメダルを本気でつかもうとしている。そこまで(高いレベルに)行っているんだから、しょうがなくね? って。今はそんな感じです」

母のすぐ隣に座り、そう答えた。

季節は春から夏になった。

藍はイタリアから日本に戻り、新シーズンから兄弟そろってサントリーサンバーズ大阪でプレーすることが決まった。

そして、いよいよパリ五輪が幕を開けようとしている。

2024年7月8日、パリ五輪壮行会でファンに手を振りながら引き揚げる男子日本代表の高橋藍(右)

2024年7月8日、パリ五輪壮行会でファンに手を振りながら引き揚げる男子日本代表の高橋藍(右)

もう1度、塁に聞いてみたかった。

これから2人で歩む未来を。2人で成し遂げようとしている夢を。

兄弟が同じチームになるのは塁が高校3年、藍が高校1年の時以来である。

弟の涙から7年~
再び同じチームへ

広い体育館、そのコートの中央に椅子があった。

その日、チームは午前、午後の2部練習だった。

インタビューを行ったのはコートの真ん中だった。

静かな空間。ふと、彼はネットを見た。

忘れてはいなかった。

あの日の光景を、あの日の弟の声を。

2人で同じ夢を追いかけた、最後の試合。

まだ高校1年だった藍は泣いていた。

見つめるネットの先に、高校時代のセピア色の景色を思い出していたのだろう。

「忘れないですよ。藍は悔し涙を流して、人生で初めて『ゴメン』とひと言謝ったんです」

あの日を最後に別々の道を歩んできた。

そして、再び、巡り合うことになる。

物語には続きがあった。

本文残り78% (3509文字/4474文字)

スポーツ

益子浩一Koichi Mashiko

Ibaraki

茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。