【バレー高橋兄弟連載〈完〉】兄弟で歩む夢の続き パリ五輪から初代王者へ~塁と藍の物語
夢が現実になる日は近づいている。バレーボール男子、全日本のスター選手たちが世界一になる夢-。その中心に高橋藍がいるだろう。パリ五輪で世界一になれば1972年ミュンヘン五輪以来の快挙。そして兄の塁にも抱く夢がある。兄弟で日本一へ。物語の最終章。(連載最終回)
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藍はパリ五輪へ!
塁の夢もまだ続く
「私は、今でも思っているんです。
一緒に全日本に立てるって」
母の小百合がそう話したのは、京都の桜が満開になる春のことだった。
その言葉が、いつまでも脳裏から離れなかった。
これまでひたむきにバレーと向き合ってきた塁は、客観的に自分を見ているように感じる。
どこまでも冷静で、自分自身を過大評価することはない。
「最高のシチュエーションは2人で全日本ですよね。でも、現実的に自分の力で全日本には…。
彼らは(パリ)五輪でメダルを本気でつかもうとしている。そこまで(高いレベルに)行っているんだから、しょうがなくね? って。今はそんな感じです」
母のすぐ隣に座り、そう答えた。
季節は春から夏になった。
藍はイタリアから日本に戻り、新シーズンから兄弟そろってサントリーサンバーズ大阪でプレーすることが決まった。
そして、いよいよパリ五輪が幕を開けようとしている。
もう1度、塁に聞いてみたかった。
これから2人で歩む未来を。2人で成し遂げようとしている夢を。
兄弟が同じチームになるのは塁が高校3年、藍が高校1年の時以来である。
弟の涙から7年~
再び同じチームへ
広い体育館、そのコートの中央に椅子があった。
その日、チームは午前、午後の2部練習だった。
インタビューを行ったのはコートの真ん中だった。
静かな空間。ふと、彼はネットを見た。
忘れてはいなかった。
あの日の光景を、あの日の弟の声を。
2人で同じ夢を追いかけた、最後の試合。
まだ高校1年だった藍は泣いていた。
見つめるネットの先に、高校時代のセピア色の景色を思い出していたのだろう。
「忘れないですよ。藍は悔し涙を流して、人生で初めて『ゴメン』とひと言謝ったんです」
あの日を最後に別々の道を歩んできた。
そして、再び、巡り合うことになる。
物語には続きがあった。
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茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。