諸橋愛選手がレース中の事故で亡くなった。本当につらく悲しい出来事だった。ひょんなきっかけで親しくなり、追い込み選手としての機微をいろいろうかがった。

97年B級デビュー後、すぐにA級に特昇。毎期のように競走得点100点ぐらいをキープしながら、違反点で減点されてA級暮らしが長引いた(※注)。「減点されなければ、とっくにS級昇級がかなっていたのにね」。慰め半分に声をかけた。すると「自分が悪いんです。違反点を付けなきゃ勝てないのは、自分の足がないということです」と潔かった。

その言葉通り、違反点なく00年にS級昇級を果たすと、早くもその年の前橋寛仁親王牌でG1デビューを飾っている(98年競輪祭新人王を除く)。その後のビッグでの活躍はファンの知るところだ。17年9月には武雄G2共同通信社杯を制してビッグウイナーの仲間入りも果たした。

7月には伏見俊昭さんが亡くなったばかりだ。そのときJKA幹部は「競走においての安全対策を再確認し、競輪界をあげて公正安全な競走を徹底いたします」とコメントした。だが、1カ月後にまた悲劇が起きた。そして今回も「競走における安全対策の検討、実施をより一層加速させ、公正安全の確保に努めて参ります」とコメント。これ以上、事故が起こらないよう、ギア比の見直しなど対策は急務だ。

(※注)当時は1期4カ月。失格3点、重注1点、走注0・2点が競走得点から引かれた。