名古屋の夜空にともった聖火が徐々に消えた。58年東京、94年広島に続く32年ぶり3度目の自国開催となったアジアの祭典が終わった。日本は金83個、メダル総数269個でともに史上最多。開会式翌日の20日にトライアスロン男子で北條巧が日本金1号でメダルラッシュの火ぶたを切った。
新記録、強豪撃破、連覇などさまざまなドラマが生まれた。競泳男子200メートル平泳ぎでは17歳の大橋信が世界新の2分4秒83を樹立。卓球男子団体では中国を撃破して60年ぶりの金。非五輪競技のeスポーツ「ぷよぷよ」では11歳の栗原悠輝がアジア大会最年少メダルの金で衝撃を与えた。44歳上野由岐子を擁したソフトボール日本の前人未到の7連覇も印象深い。日本選手団の井上康生団長は「素晴らしい結果というものを生み出してくれた大会」。トライアスロン、サーフィンやアーチェリーで28年ロサンゼルス五輪出場に大きく前進。開催国の力を十分に見せつけられたはずだ。
ただ、アジア勢の脅威を知ったのも事実。陸上男子短距離では20歳のブーンソン(タイ)が100メートルでアジア記録に0秒07迫る9秒90をマーク。山縣亮太の日本記録9秒95を大きく上回った。極めつきは今季から「オーバーハンドパス」を試験的導入した「リレー侍」こと男子400メートルリレーが5位と惨敗。世界どころか、アジアで4大会ぶりにメダルを逃す失態となった。3走の桐生祥秀は「個の走力をなんとかしないといけない」。2年後のロスに向け、立て直しは急務だ。
運営面は問題が山積だった。宿泊先の確保漏れや移動バスの手配ミスなどのトラブルも選手に影響を与えた。バスケットボール男子で決勝前に送迎バスが来ない事態に直面した韓国主将の李承炫は「二度とこういうことは起きてほしくない」と厳しく非難。国歌の取り違えなどホスト国としてあってはならない不手際もあった。組織委会長の大村秀章愛知県知事は、運営の問題について「アスリートのみなさんに満足いただけるように解決してきた。次に向けてしっかり改善してつなげていきたい」と答えるのが精いっぱいだった。
次回の4年後はドーハで開催。7度目の金メダルを獲得したソフトボール上野は「4年後は考えていない」という。アスリートにとって忘れられない舞台になる、この大会が果たして、選手に寄り添ったものだったのかを考えさせられた16日間だった。【泉光太郎】



