ラグビー解説者・村上晃一氏(54)が、過去のワールドカップ(W杯)の名勝負、名シーンを紹介するシリーズ第4回は「歴史的DGによるイングランドの初優勝」です。

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2003年の第5回ラグビーW杯は10月10日~11月22日、オーストラリアで開催された。メイン会場は、2000年のオリンピックで使用されたシドニー西部近郊のスタジアム・オーストラリアが使われた。収容人員8万人をほこる巨大スタジアムである。

オーストラリア代表「ワラビーズ」は、1991年、1999年、いずれも英国(イングランド、ウェールズ)で開催された大会で優勝し、自国で3度目の頂点を狙っていた。率いるのは、のちに日本代表ヘッドコーチとなるエディー・ジョーンズだ。

2001年に代表ヘッドコーチに就任したジョーンズは、WTBロテ・トゥキリ、FBマット・ロジャースら個人技の優れた新戦力を次々に選出し、攻撃的なチームを作る。

大会前はニュージーランド代表オールブラックスに連敗するなど戦績は芳しくなかったが、大会に入ると快進撃。決勝トーナメントでは準決勝でオールブラックスを下し、決勝に進出する。対するは、ウェールズ、フランスを破って勝ち上がったイングランドだ。

この大会のイングランドは優勝候補の筆頭だった。大会直前の8月30日にフランスに敗れるまでテストマッチ(国代表同士の試合)で14連勝し、世界ランキングは1位。30歳以上のベテラン選手が多く「ダディーズ・アーミー」(おやじ軍団)と呼ばれたが、実力は安定していた。

ゲームをリードするのは世界最高のSOジョニー・ウィルキンソン(当時24歳)。「ラグビー界のベッカム」と呼ばれるほどの人気者であり、正確無比なプレースキックで勝利を呼び込むスーパースターだ。

11月22日、スタジアム・オーストラリアにはラグビーW杯史上最多の8万2957人が客席を埋めた。前半はスクラムで圧倒したイングランドが14-5とリードしたが、オーストラリアもCTBエルトン・フラッタリーのPGで差を詰め、第3回大会に続いての延長戦に入る。

10分ハーフの延長戦でも1PGずつを決め、このままサドンデスの延長戦に突入かと思われたが「おやじ軍団」は冷静だった。強力FWでじりじりと前進して相手陣深く入ると、ボールをウィルキンソンに託す。一瞬の静寂の後、ウィルキンソンは地面にボールをワンバウンドさせて右足を振り抜いた。サポーターの大歓声の中、ボールはゴールポストに吸い込まれる。

劇的ドロップゴールだった。地元ロンドンで開催された1991年大会決勝でオーストラリアに奪われた優勝トロフィーをアウェーで取り戻す痛快な勝利だった。

失意のジョーンズは、2005年までヘッドコーチを務めたが、成績不振で更迭される。しかし、彼はこのまま終わらなかった。2007年フランス大会では、南アフリカ代表のテクニカルアドバイザーとして優勝に貢献。2015年大会では日本代表を率いて南アフリカ代表を破り、史上最高の3勝を挙げた。

そして、日本大会にはイングランド代表のヘッドコーチとして頂点を狙う。2003年は達成できなかったヘッドコーチとしての優勝を成し遂げることができるのか。その采配に注目である。

◆村上晃一(むらかみ・こういち)1965年(昭40)3月1日、京都市生まれ。10歳でラグビーを始め、京都・鴨沂高、大阪体育大でプレー。現役時代のポジションはCTB、FB。卒業後、ベースボール・マガジン社に入社し、「ラグビーマガジン」編集長などを歴任。98年に退社し、その後はフリーとして活動。J-SPORTSのラグビー解説も務めている。