史上初の決勝トーナメント進出へ-。日本代表は大きな壁を乗り越えるための準備をしている。桜のジャージーに袖を通せば、全員が日本のために体を張る。現在の日本代表にトンガ出身選手は5人。先人たちがつないできた歴史の先に今回のワールドカップ(W杯)がある。

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15年イングランド大会の日本-南アフリカ戦。NO8アマナキ・レレイ・マフィがラストパスを送り、歴史的勝利を決定づけるトライが生まれた。憧れだったトンガ代表からの誘いを断り、日本代表を選択。当初は経済的理由も大きかったが、日本人と結婚し、代表で活動していくうちに気持ちは変わった。「めちゃくちゃ愛がある。本当に選んで良かった。新しい歴史を作りたい」と意気込む。

15年10月、米国戦でトライを決めるマフィ(撮影・PIKO)
15年10月、米国戦でトライを決めるマフィ(撮影・PIKO)

15年大会は結果と同時に、多くの外国出身選手が桜のジャージーを着ていることも知られるようになった。そんな世間からの目に、FB五郎丸歩がつぶやいた。「ラグビーが注目されている今だからこそ日本代表にいる外国人選手にもスポットを。彼らは母国の代表より日本を選び日本のために戦っている最高の仲間だ。国籍は違うが日本を背負っている。これがラグビーだ」。ツイッターに投稿した内容は話題を呼んだ。

トンガから目黒学院高へ入学し、東海大で主将を務めたWTBアタアタ・モエアキオラも、日本のために戦うことに迷いはない。留学当初は食事が合わず、約10キロも体重が減ったが、チームメートの母たちが作った食事で体を大きくした。好きな言葉は「感謝」。日本で成長したからこそ「トンガ代表との選択で悩みはなかった。日本代表になって恩返しがしたい」。

法務省によると在日トンガ人は18年現在150人で、19年度のトップリーグ16チームでトンガ出身選手35人がプレーしている。大学や高校、指導者も含めれば、トンガ出身のラグビー関係者数はさらに増える。

初の留学生から約40年がたち、日本に根付いた。日本代表リーチ・マイケル主将は大阪・堺市での合宿中、両国のつながりを説いた。大東大でトンガ旋風を巻き起こし、日本代表としてW杯に3大会連続で出場したシナリ・ラトゥ(現在の名前はラトゥウィリアム志南利)を挙げ「彼が成功しないと留学生をとるっていうのはなかった。彼のレガシーが大事」と訴えた。

歴史を胸に臨む、特別なトンガ戦。日本代表として、その後のW杯を戦う覚悟を示す一戦にもなる。【佐々木隆史】