高木菜の「パシュート」は終わっていなかった。妹とともに金メダルに輝いてから3日、マススタート決勝の滑りはパーフェクトだった。3回の中間ポイントは各1位5点、最終ポイントは1位60点。お笑いのクイズ番組のように「ここまでの得点は何だよ!」とツッコミたくもなるが、これを見事に利用した。途中の順位に目もくれず、スタートからオランダのスハウテンにピタリとついた。

 168センチのスハウテンに隠れ、155センチの高木菜は見えなかった。大柄なオランダ選手に引っ張られ、体力を使わず周回を重ねた。最後のカーブ出口でインから前に出ると、そのままゴール。両膝に手を当てるスハウテンを横目に、跳びはねて喜びを爆発させた。

 金のパシュートでは、妹がエースだった。3個のメダルを手にした妹に対し、菜那は5000メートルで12位。意地悪な見方かもしれないが、パシュートは「美帆と美帆の姉の」金メダルだった。「妹を超えるには2個目の金しかない」と思ったかは分からないし、純粋に「勝ちたい」と思っただけかもしれない。ただ、結果的に美帆以上の快挙になった。女子初の1大会金2個。「美帆の姉」が「菜那」になった瞬間だった。

 今大会は多くの兄弟、姉妹選手がいる。24日はノルディック複合の渡部兄弟が帰国。銀メダルの兄暁斗の横で「暁斗の弟」善斗は「まだまだ頑張らないと」と話した。カーリング女子で劇的銅メダルの吉田姉妹、同男子の両角兄弟、アイスホッケーの床姉妹、ジャンプの小林兄弟、菊池姉妹はスピードとショートトラックで出場した。みな、きょうだいのドラマがある。

 思えば、それこそが「パシュート」なのだ。最も身近な兄弟、姉妹を目標に、時には風よけに使う。追いつき、追い越し、そして追い抜く。菜那は美帆に先行され、抜き、さらに抜かれて、再び抜き返した(ように見える)。テレビカメラのレンズで髪の毛を直す菜那を見ながら、姉妹の「パシュート」を思った。

 スポーツの世界だけではない。「○○の弟」や「○○の姉」と呼ばれることは一般の社会でも多い。が、それは逆にチャンスにもなる。○○を風よけにして、体力を温存して前に出る。そして追い抜く。身近にその繰り返しができる相手がいるから、兄弟、姉妹は強いのだと思う。【荻島弘一】