スピードスケートの新種目、マススタートの女子で、高木菜那(25=日本電産サンキョー)が金メダルを獲得した。1回戦1組を5位で通過すると、決勝も勝負強さを発揮。最終カーブでトップに立ち、そのままフィニッシュした。プレ五輪の昨年2月の世界距離別選手権で銀メダルに輝いた得意種目で、21日の団体追い抜きに続く金メダル。日本女子が同一大会で金2個を手にするのは夏季五輪を含めて初めて。

 50センチの隙間を高木菜は見逃さなかった。最終16周目の最終コーナー出口。先頭を滑る選手がわずかに外に膨らんで出来たスペースに、155センチの体を傾けながら切り込んだ。「ここで行かなきゃ、いつ行くんだ」。鮮やかに逆転すると、細かなピッチを刻み、フィニッシュラインを駆け抜けた。「やったー!」。両手を突き上げ、叫ぶように、何度も喜びを爆発させた。

 頭は冷静だった。1回戦で佐藤が転倒。2人で協力する作戦が使えなくなったが、妹美帆からの「いけるよ!」の一言で、腹をくくった。大柄のオランダ選手の後ろに付き、隠れるようにして体力を温存。幼い頃にサッカーで培った視野の広さも生かし、ラスト勝負で残った足を爆発させた。「美帆だけじゃなく、菜那もいるんだというところを見せられた。本当にうれしい」。表彰台の中央で25歳の笑みがはじけた。

 決勝に残った16人で身長は最も低かった。「もう少し大きかったらな」-。中2で背が止まり、悩んだ時期もあった。だが、世界と戦い続ける中で、それはいつしか心の支えにもなった。「この身長でよくやっている」。自分を励ます材料に変えることで、逆境に立ち向かってきた。今回の五輪で採用された新種目。その小柄な体は、選手がぶつかり合うように滑るレースで、最大の武器となった。

 昨季痛めた右膝は、限界ギリギリだった。良くなったと思えば、また痛む。朝起きて、何をするよりも先に膝の状態を確かめた。練習ができず、国内での試合でも精彩を欠いた。支えてくれたのは周囲の声だった。トレーナーからは「今は悔しい思いをしてもいい」と背中を押され、五輪選考会前に弱音を漏らすと、美帆からも「もう諦めるの?」とハッパを掛けられた。

 妹のような、恵まれた才能があったわけではない。世界と戦うため、1歩ずつ滑りを磨いてきた。高校卒業後に名門・日本電産サンキョーに入社。10年バンクーバー五輪メダリストの長島、加藤が鬼気迫る表情で練習に臨む姿を見て、五輪の意味を知った。「小柄だからこそ、技術を磨く」。この日の金メダルにつながる覚悟の原点だった。

 個人で管理栄養士と契約し、メンタルトレーナーもつけた。やれることは全てやってきた。その自信が、2個の金メダルにつながった。5000メートルでは最下位の12位に終わったが、集団の中で滑る団体追い抜き、マススタートでは誰にも負けない輝きを放った。小さな「職人」が、一瞬の切れ味で世界を驚かせた。【奥山将志】

 ◆マススタート 2人1組で滑る他の個人種目と異なり、大勢で一斉に長距離を滑る今大会から実施の新種目。五輪決勝は16人で、1周約400メートルのリンクを16周。内側の練習レーンも使用し、4周ごとの通過順とゴール時の順位に応じた得点の合計で争う。1~3位はゴールの着順と同じになるが、4位以下は獲得ポイントで決まる。個人戦だが、同じ国やチームの選手が協力し合い、優位に進められるかも重要なポイント。