プレーバック日刊スポーツ! 過去の2月10日付紙面を振り返ります。1996年の1面(東京版)は、オリックス・イチロー外野手の9時間ブッ通し練習でした。

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 まさに究極のイチロー流だ。オリックス・イチロー外野手(22)が宮古島キャンプ第2クール最終日の9日、9時間ブッ通し練習を行った。左ふくらはぎに死球を受け7日ぶりに本隊に合流すると、いきなりエンジン全開だ。チーム練習が終わると、一人室内練習場にこもり2時間半のマシン打撃、1時間のウエートトレ。合計で約750球を打ち込むなど、夕食時間を軽くオーバーする午後7時半まで練習の虫と化していた。

 イチローの顔は土ぼこりで汚れ、真っ黒だった。Tシャツも汗でドロドロだ。CMで見せる、あのさわやかな笑顔などカケラもない。折れたバットは2本。室内にこもり、一人きりで2時間半打ち続けた。ウエートトレも済ませ、すべての練習が終わったのはナインの夕食時間も終わった午後7時半。練習開始の午前10時半からわずか10分程度の昼食タイムをはさみ9時間ブッ通しだ。

 「体が要求しなければ、打ちません。明日(10日)が休みだから打った?関係ありません」。イチローは言葉を選びながら冷静に話す。だが、その目は野球をやるために生まれた男の野性の本能で輝いていた。

 キャンプ2日目に左ふくらはぎに死球を受け、別メニューから1週間ぶりに合流。ウオームアップ、ノック、ティー打撃、マシン打撃、ノック……。この日を待っていたように精力的に動いた。初めて屋外で約60球の居残りバッティングもこなした。病み上がりとは思えないメニューを自らに課し、体をいじめ抜いた。アリゾナのロッテキャンプは午後3時には終了するし、メジャー選手などは一日4時間か5時間くらいしか練習しない。イチローの超ロングラン練習は、日本のキャンプでも超異例だ。

 何がイチローを駆り立てるのか。普段は口にしないが、イチローがボソリと漏らしたことがある。死球打撲でリタイアして3日目、室内練習場で特打をしている時だった。「よくない?疲れもたまっているし、そりゃあ、そうでしょう。いま、よくなくてもいいんですよ」。イチローは今の自分を不調時にあると感じ取っているようなのだ。室内でイチローのフリー打撃を見守った仰木監督も「あまり、よくないな……」とつぶやき、新井打撃コーチも「調子悪い?そんなことないでしょ。まあ、いろいろありますよ」と言葉を濁した。イチローの感覚でも万全ではない状態から脱したいために、練習に集中したというのが、9時間ブッ通しキャンプの真相だった。

 イチローのロングラン練習で球場職員、練習の手伝いをするオリックスガールも大変だったが、付き合った安田トレーニングコーチも「さすがに心配したけど、体が要求するから打っていると言われれば仕方がない」と苦笑するばかり。

 イチローが宿舎に戻った午後8時には、ほとんどの選手が食事を終え、食堂もシーンと静まりかえっていた。関係者の話によれば、ルームサービスをとることもあるというから、ひょっとしてこの日の夜も一人寂しく……。でも、きっとイチローはこう言うんだろうな、野球ができれば幸せって。

 ◆ドジャース野茂らのプライベート・トレーニングコーチを務める大川達也氏(株式会社ストロングス代表)の話し これまで(死球禍で)キャッチボール程度しかできない状態で、精神的にウップンを晴らそうとしたんじゃないですか。「よしッ、一度、体を追い込んでやろう」と。これだけの長時間の練習をしたら2、3日後には完全休養が絶対に必要です。

 ◆イチロー余波、携帯電話不通 イチロー余波を受け、今月1日に携帯電話サービスが始まったばかりのオリックスのキャンプ地・宮古島で、一定の時間帯(午後2時から同6時、深夜)に携帯電話がかかりにくくなっている。これはイチロー取材陣の使用量が予想をはるかに上回ったためで、管轄のNTT九州では急きょ、郵政省に追加申請、数千万円をかけて緊急工事を行うことになった。

※記録と表記は当時のもの