2026年、リトルシニア関東連盟出身の選手9人がNPB球団に入団しました。中学時代の指導者やチームスタッフを取材して、彼らの人柄やエピソードを、当時と最新の写真とともに紹介します。

今回は羽村リトルシニア出身でヤクルト3位の山崎太陽投手(創価大)です。

【羽村リトルシニア・原島佑輔監督が語る】

ドラフト会議後も何度かグラウンドに来てくれました。選手にとっては何よりの刺激になっています。身長193センチで、メジャーリーガーに見劣りしないスケール感がある。西多摩地区の少年野球選手に勇気を与え続けて欲しいです。

創価大で捕手から投手に転向して話題になっていますが、うちに入部した時は小学校から引き続き希望して捕手をやりましたね。細身でしたが、元気で明るくて、周りがよく見える。すごい強肩というわけではありませんでしたが、いい捕手でした。

2年から3年にかけて急激に身長が伸びて180センチまで伸びた。力強いボールも投げられるようになったので、投手もやってみてはと思いましたが、成長痛があって無理はさせませんでした。当時、体作りの一環で、昼のお弁当を多めに持たせてもらうなど、食事をとる習慣をつけさせたことも、体を大きくしたのかもしれません。

進学した帝京五(愛媛)は当時、プロで投手として活躍した小林昭則監督(現在は香川・藤井高監督)が指導されていたので「高校では投手をやってみては」と送り出しましたが捕手のままでした。身長はさらに伸びて創価大に進学したころには190センチを超えて、いよいよ「投手」となったのでしょう。

ドラフト3位と高い評価ですが、まだ投手としての経験も少ないですし、体も細い。スピードももっと出るでしょうから、本人には「あせらずじっくり成長して欲しい」と伝えています。数年後を楽しみにしています。

◆山崎太陽(やまざき・たいよう)2003年(平15)7月6日生まれ、東京都青梅市出身。小学校時代の吉野ベースボールクラブで捕手を始める。水泳にも取り組み、背泳ぎで東京4位に。帝京五から創価大へ。1年夏に投手に転向して、3年春に首都大学リーグ戦デビュー。4年春の全日本大学選手権で救援登板して負け投手に。日本代表候補入りしたが右肘痛で辞退した。最速149㌔。リーグ通算10試合0勝1敗、防御率1.59。193センチ、87キロ。右投げ右打ち。背番号33。