東京駅を朝7時。新幹線で名古屋に向かう。8時41分の到着。ちょうど通勤客のラッシュのタイミングか。駅周辺の喧騒(けんそう)を抜け、車で岐阜の美濃へ。岐阜県の「伝統の技」を巡る旅である。


まずは世界遺産にもなっている本美濃和紙の取材。車は緑濃い山の中へとズンズンと進んでいく。朝からの雨が緑を一層深く染め、「こんな山奥に…」という山里の一軒を訪ねた。

自宅の作業場で本美濃和紙を漉く沢村正さん
自宅の作業場で本美濃和紙を漉く沢村正さん

迎えてくれたのは89歳の沢村正さん。国の伝統工芸士であり、文化庁長官表彰も受けている、まさに匠(たくみ)の中の匠。

「15歳から、父の紙漉(す)きを見て自分もやるようになりました。もう75年ですか…。本美濃紙は強さと柔らかさがある。そしてなにより、なごみや上品さ」

どうして、この地域が紙漉きに適しているのですか?

「それは、水がきれい。空気がきれい。なにより人の心がきれいだから…」

ちょっと照れくさそうに笑われた。その笑顔に、こちらはなごまされる。

美濃和紙の里会館では和紙の紙漉き体験も
美濃和紙の里会館では和紙の紙漉き体験も

この沢村家から10分ほどのところに「美濃和紙の里会館」がある。

ここでは、観光客も実際に紙漉きの体験ができる。約35センチ四方の「漉き枠」を「漉き舟」にくぐらせると…、意外な重量感、手首の返しの技、ひとつひとつが難しい。和紙という日本の伝統文化を体感するような経験。楽しくも学びのひと時だった。

◆ ◆ ◆

午後1時半、ちょうど昼食をとっている時、岐阜県広報・Wさんがニッコリ。 「朗報です。今夜は雨ですが、長良川の鵜飼(うかい)は決行しますとの一報が入りました」。こんな時間に? 毎日、午後、その日の天候を見ながら、鵜飼をやるかやらないかの決定が下されるのだという。

長良川の鵜匠たちの巧な技が、かがり火の下で浮かびあがる
長良川の鵜匠たちの巧な技が、かがり火の下で浮かびあがる

美濃市から岐阜駅方向に戻り日没を待つ。鵜飼は1300年も歴史を持つ岐阜県長良川の夏の風物詩である。織田信長が愛し、家康もここのアユをめでたとの歴史がある。

すっかり夜のとばりが降りて暗闇が川面を覆う。すると、スルスルと鵜飼観覧船が次々に上流に向かいだす。花火4発。今度は、川の上流の方から、かがり火をたいた鵜舟が次々にゆっくりと下ってきた。

黒装束に蓑(みの)を腰に巻いた鵜匠。手には10本近い縄を持ち、その先には鵜。その手綱さばきでアユをくわえた鵜を引き寄せては吐かせる。闇に浮かぶかがり火。幻想的な光景。まさに歴史絵巻が目の前で今、繰り広げられている。

「ほぉ~、ほぉ~、ほぉ~」と鵜匠たちの声が、闇を切なく切り裂いていく。

松尾芭蕉がこの光景に「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」と詠んだ。その切なさは、こちらにも染みて伝わってくる。が、それもあるが、闇に浮かぶ幽玄な世界がなにより美しく心打つのである。【馬場龍彦】

★鵜飼観覧船事務所(電話058・262・0104)開催時期・5月11日~10月15日まで。貸切船午後5時時半~、乗合船同6時15分ほか。

★美濃和紙の里会館(電話0575・34・8111)入館料大人500円、小中学生250円。紙すき体験(美濃判コース)所要時間20分・500円。