肺がん治療30年のスペシャリスト、国立がん研究センター中央病院の大江裕一郎先生(57)が、最新の肺がん治療を教えてくれます。

【肺がんは遺伝しない!】

 多くのがんは遺伝しませんが、中には遺伝するがんもあります。乳がん、卵巣がん、大腸がんの一部やまれながんでは網膜芽細胞腫という目のがんなどが遺伝します。

 遺伝性の乳がん、卵巣がんの場合には、BRCA1やBRCA2という遺伝子に異常があり、この遺伝子異常が子供に引き継がれることにより、がんが遺伝します。大腸がんの場合はAPC遺伝子に異常がある家族性大腸ポリポーシスやミスマッチ修復遺伝子の異常が原因で起こるリンチ症候群があります。

 これらの遺伝子異常は生殖細胞系列という精子や卵子に異常があるために、子供にこの異常が引き継がれる可能性があり、遺伝子異常はがん細胞のみではなく、全身の細胞に遺伝子異常が引き継がれます。

 肺がん、特に肺腺がんもEGFR、ALK、ROS、RET、BRAF、MET、KRASなどの遺伝子の異常が原因で起きることが知られています。しかし、このような肺がんで見つかっている遺伝子異常は、後天的にがん細胞のみに発生した遺伝子異常で、精子や卵子など含め正常細胞にはこのような遺伝子異常はありません。したがって、肺がんは遺伝しないと考えられています。

 ごく例外的なケースはあるかも知れませんが、多くの肺がんは遺伝することはありません。ただし、肺がんの家族歴があると肺がんの頻度が上昇するとの報告もあります。これは肺がんになりやすい体質が遺伝したり、喫煙や食生活などの生活環境が影響しているのかも知れません。

 肺がんは遺伝よりも、喫煙などの生活習慣や生活環境に依存する病気と言えます。

 ◆大江裕一郎(おおえ・ゆういちろう)1959年(昭34)12月28日生まれ、東京都出身。57歳。東京慈恵会医科大学卒。89年から国立がんセンター病院に勤務。2014年、国立がん研究センター中央病院副院長・呼吸器内科長に就任。柔道6段。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本体育協会公認スポーツドクターでもある。