前立腺の病気といえば、ことに中高年男性には悩みの種。それでいて前立腺の構造や働き、病気の原因、治療など知られていないことも多いのが実情です。ここでは、日本大学医学部泌尿器科学系主任教授の高橋悟氏(59)が、前立腺肥大症、前立腺がん、ED(勃起障害)などについて、わかりやすく説明します。

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今回は、前立腺がんの治療法の1つ「内分泌療法」についてお話しします。

前立腺は言うまでもなく、男性の生殖器で男性ホルモンによって上皮組織が増殖します。逆に、男性ホルモンがない状況になると、前立腺は縮小します。米国のチャールズ・ハギンズ博士はこうした現象に着目。男性ホルモンをブロックすることで、前立腺がんの増殖、進行が抑制できると発見し、ノーベル賞を受賞したのです。

つまり、精巣から分泌される男性ホルモンのテストステロンは、前立腺がんを増殖させる働きを持つ半面、テストステロンが分泌されないと、がん細胞は「細胞の自殺」を起こして死滅します。この、男性ホルモンの分泌をコントロールすることで前立腺がんの増殖を抑える治療法が、内分泌療法(ホルモン療法)です。

この治療法の利点は、全身に治療効果があること。がんが前立腺より外に浸潤している局所進行がんや、骨など前立腺から離れた臓器に転移した転移がんにも有効といえます。がん細胞は他の臓器に転移しても、原発部位の細胞の性質を受け継ぎます。たとえ、骨や肺に転移しても、それはあくまで前立腺がんなのです。そのために、やはり男性ホルモンの影響を受け、これをブロックすると、ほとんどの場合、縮小させることができます。

内分泌療法には「外科的去勢術」と「薬物療法」があります。外科的去勢術は、男性ホルモンの9割以上を分泌している精巣を、手術で摘出するもの。治療は1回の手術だけで済み、術後は体内の男性ホルモンが激減するため、非常に効果的な療法といえます。どの病期のがんにも効果があります。その一方、精巣の摘出は性機能を失うことにつながり、精神的な苦痛が大きいのが難点といえます。

また、薬物療法は薬で男性ホルモンを抑えるもので「内科的去勢」といえる療法です。薬には、男性ホルモンの分泌の仕組みを途中で断ち、分泌を抑えるものや、女性ホルモン薬、副腎からの男性ホルモンが前立腺で働くのを防ぐ「抗男性ホルモン薬」などが使われます。

◆高橋悟(たかはし・さとる)1961年(昭36)1月26日生まれ。日本大学医学部泌尿器科学系主任教授。85年群馬大学医学部卒。虎の門病院、都立駒込病院などを経て05年(平17)から現職。東大医学部泌尿器科助教授時代の03年、天皇(現上皇)陛下の前立腺がん手術を担当する医療チームの一員となる。趣味は釣り(千葉・飯岡沖の70センチ、3キロ超のヒラメが釣果自慢)と登山、仏像鑑賞。主な著書に「ウルトラ図解 前立腺の病気」(法研)「よくわかる前立腺の病気」(岩波アクティブ新書)「あきらめないで! 尿失禁はこうして治す」(こう書房)など。