私が歯科医師になりたての頃、大学病院で担当した高齢の男性患者さんから「前歯に金歯を入れて欲しい」というオーダーがあり、大変驚いたという経験があります。当時は2000年代初めでしたが、医師が患者に病状や治療内容をしっかり説明し、患者サイドが理解し納得した上で同意するという「インフォームドコンセント」の概念はすでに徹底されていた時代でした。患者さんの希望をまずはお聞きすることが義務ですから、前歯に金歯を希望する理由を教えていただきました。

戦後の日本には、金が富み地位の象徴と見なされてきた風潮があったようです。このため、裕福な人は金歯を入れるというイメージがあり、その患者さんも「次こそは金歯」と楽しみにしていらしたとのことでした。歴史をひもといてみると、これは日本に限った話ではなく、ロシアや東欧、中国などでも金歯を装飾品として入れる人がいたというエピソードが記されています。こうした背景から、令和の今でも金歯ファンの方が一定数いるのは事実です。

金歯に使用する材料は、純金に白金やパラジウムなどを混ぜて強度を調整した「高カラット金合金」という素材です。延性や展性に優れ、歯とのフィット感が良い、銀歯に比べると圧倒的に腐食が少なくアレルギーを起こしづらい、といった特徴があります。天然の歯に近いかみ心地と長期的な使用が望めるといったメリットがあるため、自身の口にも入れているという歯科医師も多いです。審美的な観点ですぐに外しましたが、私自身も奥歯に試したことがあります。

デメリットはなんといっても、費用がかさむ点でしょうか。金属材料は時代によって原価が変動するため、患者さんにおすすめしづらいほど高額になることもあるのです。金属が徐々に廃れ、セラミックやジルコニアといった素材が台頭してきた理由の一因でもあります。