新型コロナウイルス感染拡大で、1年延期された東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの開催へ向けた各方面からの声を4回連続で掲載する。第3回はコロナ感染収束の見通しが立たないなど厳しい状況の中、経済を分析し、解説する専門家は東京五輪をどう見ているのか。経済ジャーナリストの荻原博子氏(66)と経済アナリストの森永卓郎氏(62)に聞いた。

■荻原博子氏に聞く

-東京大会は来年夏に開催できると思いますか

荻原氏 無理だと思います。ワクチン開発に1~3年はかかるし、開発されたとしても、来る人みんなに打てるかというと、そんなに一気にできないですよね。来る人も限定されるのでは。即刻中止が経済的です。やるのか、やらないのか、ずっと引っ張られると、それだけでも大変ですよね。

東京五輪・パラリンピック開催は難しいと語る荻原博子氏(撮影・滝沢徹郎)
東京五輪・パラリンピック開催は難しいと語る荻原博子氏(撮影・滝沢徹郎)

-五輪開催による経済効果として、海外からの多数の観光客も見込んでいます。開催して、訪日観光客は増えないでしょうか

荻原氏 海外の人から見れば、外国にわざわざ飛行機に乗って行き、コロナ感染したら、健康保険も利かないし、そこでどうすればいいのかと。身近な人を亡くした方も少なくない。怖いという気持ちが先に立つでしょう。ビジネスは別として、海外との行き来が戻るのに3年くらいはかかると思う。世界中で大勢の人が亡くなり、自国でそれだけの災害が起きているので、あまり来ないと思います。

-開催が経済への追い風にならないでしょうか

荻原氏 日産自動車が世界で1万人解雇したとか、どこも経営が苦しい。みんなお金を使うのが怖いのよね。バンバン使っていたら生き残れないのよ。お金を使わない方向になっています。みんな将来が不安で、お金がある人でも不安です。不動産を当て込んでいる人たちは外れちゃうよね。リモート社会になり、もう東京に集まる必要がない。大枚はたいて買わないよね。

-昔は五輪開催でテレビが売れたこともありました。今回はどのような個人消費に期待が持てますか

荻原氏 “おうち消費”はあるかもしれない。テレビで見られたら楽しいし、ビールなどの売り上げも伸びるかもしれないですね。昔は集まってお祝いするなどお祭り感があったけど、今はコロナで追い風にはならない。クラスターになってもと思い、集まって見る気になりにくいと思う。

-コロナを経験した東京大会開催のメリットは

荻原氏 開催できる状況になれば、もう大丈夫だろうと安心感が持てます。旅行に行ってもいいんだということになる。消費につながる可能性もありますよね。コロナに打ち勝ったみたいになるので、ものすごくいい五輪になると思います。

東京五輪・パラリンピックについて思いを語る荻原博子氏(撮影・滝沢徹郎)
東京五輪・パラリンピックについて思いを語る荻原博子氏(撮影・滝沢徹郎)

-無事に開催できたとして、その後の日本経済はどうなるのでしょうか

荻原氏 通常でも五輪後は景気がものすごく冷え込んでいるはずなんです。昨年10月に消費税を引き上げし、昨年10~12月のGDPはマイナス7%。コロナに関係なく後退しています。五輪という巨大公共事業が終われば、日本経済はいい目が1つもない。今後皆さんのお給料が減っていき、現役の給料からスライドする仕組みの年金も減る。しばらくはグッと冷えますよ。

-五輪を成功させるためには、何が必要でしょうか

荻原氏 コロナ対策でしょう。早く収束させること。早く収束させるためにはワクチン開発は大切で、みんなに行き渡ることが必要です。それが一番の経済のワクチンにもなりますよね。【近藤由美子】

◆荻原博子(おぎわら・ひろこ)1954年(昭29)、長野県生まれ。経済事務所勤務を経て独立し、経済ジャーナリストとしてテレビ、雑誌などで活躍。生活に根ざした分かりやすい解説に定評がある。銀行、証券会社の利用法や生命保険の節約法にも詳しい。著書は「10年後破綻する人、幸福な人」など多数。新著は「『郵便局』が破綻する」(朝日新書)。


■森永卓郎氏に聞く


東京五輪・パラリンピックの観戦チケットを「閉会式のA(1人22万円)から全5クラス2枚ずつなどを応募して1枚も当たらなかった」と嘆くスポーツファンの森永氏が、コロナ禍の五輪経済を大胆予測する。

五輪と経済について思いを語った森永卓郎氏(撮影・山崎安昭)
五輪と経済について思いを語った森永卓郎氏(撮影・山崎安昭)

-五輪延期となった2020年の経済動向は

森永氏 新型コロナウイルスが終息していくと仮定しても国内経済は3年ぐらいは以前の水準に戻らない。複数の感染症対策の専門家に聞いても「来年の春までに世界の新型コロナウイルスは終息しない」と口をそろえている。世界経済の再生にも3~4年はかかる。今のニューヨークダウや日経平均株価は完全にバブル化して異常。年内に株価は暴落するとみます。

-旅行需要や外食産業の回復を狙って約1兆7000億円の予算を計上する「Go Toキャンペーン」が実施されますが

森永氏 国内需要は戻ると思うが、この先数年はインバウンド(訪日外国人)に期待できない。破滅を防ぐためのキャンペーンで一時的な「止血策」。根本的な治療にはなりません。

-来夏の東京五輪・パラリンピック開催で追加予算は3000億円以上と試算されています。またコロナ対策として政府は第2次補正予算で補正としては過去最大の約31兆9114億円を財政支出する。開催された場合の経済的影響は

森永氏 今回の1次、2次補正予算を合わせた直接支出だけで総額57兆円超。来夏に開催すれば経済的な被害は100兆円クラスとなる可能性がある。大会の簡素化などで経費削減を目標に掲げていますが、焼け石に水。約4000億円を見込む、入場料収入もコロナ対策で観客数が半分になれば約2000億円が吹っ飛び、無観客の会場もあるでしょう。そして各国の選手団や関係者にPCR検査を実施するなどの関連支出も膨らんでとんでもない経済的被害をもたらします。

-仮に大会が中止となった場合は

森永氏 それが一番、経済的な被害が少ない。五輪経費の負担割合は大会組織委員会が6000億円、東京都が6000億円、国が1500億円で計1兆3500億円。それは表向きの数字で会計検査院が発表している東京五輪・パラリンピック関係で使ったお金は2018年度までに1兆円以上です。年度ですから2019年4月以降にも使っているので総額1兆数千億円を使っているはずです。東京都はこれとは別に五輪関連予算として8000億円以上を支出している。これらを合わせると、すでに2兆円は使っている。さらに追加経費がのしかかる。2021年の開催は中止した方がいい。やるなら2022年の夏開催。それまでには、ワクチンや治療薬などが治験を終え、治療方法も進んでいるでしょう。

五輪中止が、経済ダメージが一番小さいと語った森永卓郎氏(撮影・山崎安昭)
五輪中止が、経済ダメージが一番小さいと語った森永卓郎氏(撮影・山崎安昭)

-五輪開催のために経済的に効果的な政策は

森永氏 今すぐにやれるのは消費税0%。消費税を撤廃しても年間で約28兆円の税収がダウンするだけ。コロナ対策の補正予算より少ない。消費が10%以上落ちている今、「Go Toキャンペーン」よりはるかに即効性があり、結果的に経済が回って税収は増える。安倍晋三首相が最後の花道にしたい東京五輪・パラリンピックは日本経済にとって「行くも地獄、退くも地獄」の厳しい現実が待ち構えています。【大上悟】

◆森永卓郎(もりなが・たくろう)1957年(昭32)7月12日、東京都出身。東大経済学部卒。日本専売公社、経済企画庁、現三菱UFJリサーチ&コンサルティングなどを経て2006年から独協大経済学部教授。経済アナリスト。「続・年収300万円時代を生き抜く経済学実践編」など著書多数。