見る人の心を動かす演技を-。体操男子で東京オリンピック(五輪)代表を逃した16年リオデジャネイロ五輪団体総合金メダルメンバーの田中佑典(31=コナミスポーツ)に、ともに戦った仲間たちに向け、東京で期待することを聞いた。6月の全日本種目別選手権では3度目の五輪代表には届かなかったが、平行棒では優勝を果たした。円熟期で「魅せる」ことを体現する田中。「ライバルからのエール」第3回は、体操競技の本質の「美しさ」を求める男から。【取材・構成=阿部健吾】

21年6月6日、全日本種目別選手権の平行棒で倒立する田中佑典
21年6月6日、全日本種目別選手権の平行棒で倒立する田中佑典

7秒間も、だった。自分でも分かっていた。

「あれは多分、あの時しかできない。7秒ほど止めていたので。あそこで引き込む効果は作れたかな」

東京五輪の日本代表選考会だった6月6日の全日本種目別選手権、平行棒決勝。約1分間の演技の最後、降り技を仕掛ける前に棒上で倒立姿勢を作った。他選手は2秒ほどだが、長く、ためた。そこから後方屈身2回宙返りで着地へ。両腕でバランスを取り、足元は動かない。観客のマスクの中で、感嘆の声がもれたのが分かった。

東京五輪の国内選考最終戦だった。すでに切符獲得は厳しくなっていた。ただ、会場に「田中佑典」の順番が表示されると、ぐっと会場の集中力が増した気がした。選考会だからこそ、存在感をひときわ示した。

「僕も感じるところではある。ありがたいことだなと。それに応えたい。結果以外で求められているものを、ちゃんと感じながらやりましたね」

それは体操競技の本質かもしれない。競技の英語名は「Artistic Gymnastics」で、直訳は芸術的な体操。まるで芸術作品のように演じることが理想。それには、手足が不格好に曲がるなどはご法度。きれいに両脚が伸びて、そろう。それが良作になる。

21年6月6日、全日本種目別選手権男子決勝 平行棒で着地する田中佑典(代表撮影)
21年6月6日、全日本種目別選手権男子決勝 平行棒で着地する田中佑典(代表撮影)

「倒立を魅せたかった」

「見せる」ではなく「魅せる」と言う。その作品の根幹をなすのが倒立だ。誰もが1度は試みたことがあるだろう。平行棒で言えば難度はA。基礎中の基礎。

「いまは構成的にみなが同じ演技をやるような時代なので、どこで差を出すか。僕は技の間の倒立。基本をおろそかにしない」

A難度だからこそ、際立つ。1つの線のような姿はただ、美しい。

いま、採点では、1つ1つの技をしっかり決めることが評価される。

「ピタッ、ピタッが良いと。静と動のメリハリというか。でも、やっぱりリズムとかもあり、昔の体操が見てて心地いい。一気に静から動へ移らず、徐々にスピードをあげてこなし、こなした後に徐々にスピードを収めるのは意識している。間を滑らかにする。そんなイメージです」

21年6月6日、全日本体操種目別選手権男子決勝 平行棒の演技に臨む田中佑典(代表撮影)
21年6月6日、全日本体操種目別選手権男子決勝 平行棒の演技に臨む田中佑典(代表撮影)

昔、とは例えば92年バルセロナ五輪で金メダルを6つ獲得したベラルーシのシェルボ(当時は旧ソ連合同チーム=EUN)の演技。つなぎの部分が絶妙だという。田中も倒立で長く止まり、そこから加速、減速、再び倒立という動きなどで、リズムを踏襲したいと実践する。その要が倒立になる。

「本当に小さい頃から時間をかけてきたので」

田中3きょうだいとして知られる。父章二さんが指導する体操クラブで小1から競技を始めた。練習場の体育館には「体操とは自らが空間というキャンバスに描き出す芸術である 一瞬にして消えるが人の心に残像あり」との言葉が掲げられていた。

「自分で言うのもなんですが、誰かの心に残像を残すことができているのかなとは、思えてます」

あの倒立の静止時間が、その後の「動」の残像を濃くする。

もともと、日本での体操の普及には、倒立が大きかった。戦前、まだ五輪でメダル量産する前、話題となったのが断崖絶壁の上や、橋の欄干などで逆立ちを見せる男たち。「倒立マン」と呼ばれた、誰でも分かるそのすごさが「体操ニッポン」の起源にある。

21年6月5日、全日本種目別選手権の平行棒予選で倒立する田中佑典
21年6月5日、全日本種目別選手権の平行棒予選で倒立する田中佑典

「おもしろいですね、そのつながりは。皆が分かる説得力ですよね。僕も大事にしてます」

そして、東京五輪。見たいものは、ある。

「やっぱり、果敢にチャレンジしている姿、大事にしてきたものとかを、感じることがある。そこですね。結果を求めるのも大事ですけど、全てじゃない」

団体総合の4人に、16年リオデジャネイロの金メンバーは1人もいない。世代が変わったが、エースの期待がかかる橋本大輝はあこがれの選手に田中を挙げ、その美しさを理想型とする。そして、種目別の鉄棒には内村もいる。

「車輪1つを見ても、何か伝わってくる。その気持ち、やってる側の気持ちが一番で、それぞれの信念が見られたらいいですね。持っているはずですから。五輪に出る選手たちは」

五輪とは純粋に人の動きのすごさを体感する場でもあった。信念が支える、「美しさ」にハッとさせられる、そんな演技こそ。

「会場から帰る電車の中でふと思い出すような、そんな残像を残すような演技を見せてほしいですね」

12年5月、ロンドン五輪出場を決めた田中3きょうだい
12年5月、ロンドン五輪出場を決めた田中3きょうだい

◆田中佑典(たなか・ゆうすけ)1989年(平元)11月29日、和歌山市生まれ。和歌山北高から順大。12年4月にコナミスポーツに入社。高2で全日本総合12位に入り、歴代最年少でナショナル強化指定選手となった。11年世界選手権で初の代表入り。ロンドン五輪団体銀、16年リオ五輪団体金。今季は4月の全日本、5月のNHK杯のEスコア(出来栄え点)の合計点が最も高い選手が得る「セイコーエクセレント賞」を受賞。166センチ、58キロ。得意種目は平行棒、鉄棒。