半世紀の時を超えて、海辺のホテルが2度目の五輪を迎える。今年3月、2020年東京五輪セーリング競技の選手村分村に神奈川・大磯町の「大磯プリンスホテル」が決定した。1964年東京五輪同競技の分村として誕生し、高度経済成長やバブル崩壊など日本とともに歩んできた同ホテル。「大磯ロングビーチ」で知られる64年大会の「レガシー」が、20年大会をきっかけに新たな時代の「レガシー」を目指す。


大磯プリンスホテル客室棟(中央)とスパ棟(右)をドローンで許可を得て撮影。後方は相模湾(撮影・鹿野芳博、河野匠)
大磯プリンスホテル客室棟(中央)とスパ棟(右)をドローンで許可を得て撮影。後方は相模湾(撮影・鹿野芳博、河野匠)

 相模湾を一望する大磯プリンスホテル、客室棟のロビーには、額に入った1枚の白黒写真が大切に飾られている。「大磯選手村 大磯ロングビーチホテル」の真っ白な看板がかかるホテル玄関。54年前の64年9月に撮られた写真には、ホテルの歴史が詰まっている。

 今年3月28日、東京大会組織委員会の理事会で分村になることが正式に報告された。伊丹信一郎総支配人(54)は「だいぶ前から話はありましたが、正式に決まって光栄です。と同時に責任重大です」。2度目の五輪に向けて「1回目よりもいいものを、というプレッシャーはある。新たなレガシーの第1歩にしたい」と20年以降を見据えた。

 大磯ロングビーチホテル(現大磯プリンスホテル)が64年東京五輪の分村に決まったのは大会2年前の62年8月。すでにホテルの一部は53年から営業していたが、和室と洋室合わせても31室しかなかった。ホテル側は急きょ鉄筋5階建て79室の新館を建築。五輪開幕3カ月前の64年7月14日、世界からオリンピアンを迎えるための近代的ホテルが開業した。

 その後、大磯プリンスホテルとロングビーチは近郊のリゾートとして成長した。67年に流れるプールが誕生、74年には波のプールができた。周辺の道路整備もあり、都心から車でのアクセスも容易になった。高度経済成長でレジャー熱が高まると、週末には多くの若い男女でにぎわった。


インタビューに応じる大磯プリンスホテル伊丹支配人(撮影・河野匠)
インタビューに応じる大磯プリンスホテル伊丹支配人(撮影・河野匠)

 80年代になると芸能人水泳大会などで知名度はさらに高まる。88年には10階建ての3号館が完成。夏休みには、多くの家族連れが遊びに来た。90年代のバブル崩壊、消費の落ち込みで、にぎわいも落ち着いた。それでも、ゴルフ、テニス、ボウリング、フットサルなどレジャー施設を併設し、湘南地区最大のリゾートホテルとしての地位を確立。2002年サッカーW杯では平塚でキャンプしたナイジェリア代表を迎えた。

 伊丹氏は「今は3世代で来られるお客様も多いんです」と話す。半世紀前に訪れた若者たちが、その後子どもを連れて来て、今は孫とやって来る。「長く親しんでいただけるのは、うれしい。歴史ですね」。親から子へ、子から孫へ、ホテルの歴史があるからこそ、2度目の五輪がある。

 近年は中国などアジア圏からの外国人観光客が急増している。「鎌倉、箱根まで45分。中継点としての利用が多いのですが、今後は大磯が起点になるように」と伊丹氏。その切り札が、昨年4月の客室棟リニューアルと同7月にオープンした温泉、スパ施設「S・WAVE」。64年東京五輪のために建てられた旧1号館の跡地に立つ豪華施設からは、セーリング会場の江の島や富士山が見渡せる。

 選手村としての詳細はこれから。本格的な準備もまだだが、伊丹氏は「4年に1回にかけてくる選手の方に快適な時間と空間を提供する。しっかりリラックスしていただけるようにお迎えしたいですね」と話した。「楽しみです。大変なこともあるでしょうが、選手の方を迎える喜びの方が大きい。従業員たちはみな、そう思っていますよ」。伊丹氏のほほ笑みに、半世紀の歴史に支えられたホテルマンのプライドがにじんだ。【荻島弘一】


大磯プリンスホテルのボーリングセンター
大磯プリンスホテルのボーリングセンター

 ◆大磯プリンスホテル 1953年(昭28)8月28日に大磯ロングビーチホテルとして洋室12室で営業開始。64年7月14日に東京五輪選手村分村として旧1号館が営業を開始した。76年に大磯プリンスホテルに改称、88年の3号館営業開始で、計500室となる。東海道本線大磯駅、二宮駅からタクシー。小田原厚木道路大磯ICから平常時約5分、西湘バイパス大磯西ICから平常時約1分。駐車場200台。


大磯プリンスホテルのウオータースライダー
大磯プリンスホテルのウオータースライダー

<外国人好むスパフロア>

 選手村として貸し切られるのは、305室ある客室棟とスパ棟。630人規模の宿泊が予定されるが、収容人員は約800人で問題ない。スパ棟には露天風呂や貸し切り風呂を備えた温泉フロアと各種サウナに岩盤浴、インフィニティプールもあるスパフロアがある。外国人が好む温泉は、選手にとって最高の癒やし。伊丹氏は「SNSなどで発信していただければ」と「五輪効果」も期待する。

 食事はバイキング形式になる予定。ホテルにある2つのレストランのシェフはもちろん、各国料理に対応するために系列ホテルから「助っ人」が来る可能性もある。グループをあげて、選手を迎えるという。ホテルに併設されるプールはもちろん、ゴルフ、テニス、ボウリングなどの施設も選手が使えるようになる。


大磯プリンスホテルのスパ施設(THERMAL SPA S.WAVE)
大磯プリンスホテルのスパ施設(THERMAL SPA S.WAVE)

 課題は、移動。江の島まで20キロは約35分と試算されている。渋滞が心配される江の島大橋は3車線にするための拡幅工事が行われている。それでも、伊丹氏は「夏休みは、最も道が混雑する時期」と心配する。伊豆などの観光地に向かう車で夏の週末は渋滞が慢性的に起きる。移動の負担をいかに軽くするかは、今後の課題になりそうだ。