ボクシングは国際協会(AIBA)の会長に関する疑惑に揺れ、いまだ20年東京五輪での実施が決定していない。昨年は国内でも山根明・日本連盟前会長の助成金流用問題などが明るみとなり、新体制が発足したばかり。今、選手たちは何を思うのか。12年ロンドン大会から採用されたが、まだ1人の出場もかなわない女子。かつてはお笑いコンビ南海キャンディーズの「しずちゃん」こと山崎静代の挑戦で話題となった「拳闘女子」4人に、本音を聞いた。【取材・構成=阿部健吾】


米国合宿へ出発する女子選手ら。右から和田、並木、河野、晝田
米国合宿へ出発する女子選手ら。右から和田、並木、河野、晝田

久々に会い、聞いた言葉はどうしようもできない不安感に満ちていた。

1月9日、米国合宿に旅立つ羽田空港に和田まどか(福井県職)はいた。24歳ながら、いまやアマチュア女子ボクシング界の最古参と言える彼女に会うのは、約7年ぶり。12年ロンドン五輪予選だった中国での世界選手権以来だった。当時の話題の中心は「しずちゃん」。そこで、非五輪階級のライトフライ級に高校生で出場していた。極真空手で日本一となり、神奈川・田奈高2年でボクシングに転向して1年と少し。五輪予選の重圧に緊張感も抱える先輩の傍ら、楽しそうな姿が印象に残る。結果は2回戦敗退も、和田はその後、日本の「顔」に。14年、昨年と世界選手権2度の銅メダルを獲得していた。あいさつもほどほどに、聞いた。「競技がなくなる可能性がある中、どんな気持ちで過ごしてますか?」と。


15年3月、練習する和田まどか
15年3月、練習する和田まどか

国際オリンピック委員会(IOC)が、ボクシングを東京五輪の実施競技から除外する可能性を示したのは昨年2月。ラヒモフ会長代行下でのAIBAの組織統治などを問題視し、同11月の理事会では19年6月まで入場券販売、出場枠を争う予選などが行えない、「凍結」という判断が下された。

「しっかりしてくれよ、という思いがありますが、練習するしかないので、あると信じて頑張るのみですね。引き延ばし引き延ばしなので、不安はあるんですけど、何もできない」。和田はそう吐露した。そもそも転向したのは08年北京大会で柔道、レスリングの格闘技で女子選手が躍動する姿を見たから。五輪のためだけに、拳を振ってきた。「ないとなると、このままボクシングを続けるのかな」と未来も考える。いまは国体での活躍を期待され福井県の職員の立場だが、それもどうなるか…。


「いまできることをするしかない」。和田と口をそろえたのは並木月海(20=自衛隊)。同じく昨年の世界選手権銅メダリストは、五輪階級のフライ級で表彰台を射とめた新鋭だ。競技歴は8年。3歳で始めた空手は、初出場した千葉県の幼年大会決勝の相手が那須川天心だった。「思い切り蹴られた記憶が。衝撃ですよね!」とハキハキ。以降も親交厚く、その盟友は昨年末に5階級制覇王者メイウェザーと戦った。「負けてられない」と燃える。低身長を補う踏み込みの速さと強打は日本人離れし、「海外の選手とやっても通用する」と自信はある。

これまで日本女子は世界に通用すると言い切れなかった。1904年セントルイス大会後に正式競技となった男子に大幅に遅れ、男女平等の観点から女子が始まったのは12年ロンドン大会。国内では「しずちゃん」フィーバーに沸いたが、五輪切符には迫れず。続くリオ五輪でも逃した。実施がフライ級、ライト級、ミドル級の3階級のみ、しかも各12人しか出場できない激戦に苦しんだ。東京五輪は5階級に増える計画で、今度こそオリンピアン1号の機運が高まる中での、思わぬ凍結だった。


14年12月、左フックを放つ河野沙捺(右)
14年12月、左フックを放つ河野沙捺(右)

和田が参加した米国合宿にはフライ級の代表候補4人が集っていた。昨年12月の全日本選手権で和田、並木を抑えて優勝した晝田(ひるた)瑞希(22=自衛隊)は「五輪があるかどうかより、同じ階級に強い人がいっぱいでそれどころじゃない」と言う。格闘技経験がなく岡山工高入学後に「なんとなく」始めたボクシングで、最初は殴るという意味がわからなかった。最近ようやく練習でも楽しさを覚える時間があるが、いまはライバルとの競争に頭が忙しい。

晝田に決勝で敗れた河野沙捺(22)もその1人。兄の影響で中2でボクサーとなった。近大を卒業間近で、「五輪がないかもと聞いて、もう大学で辞めようかなと思ったんですけど、なんだかんだボクシングが好きだし、あることを信じて」と社会人でも続行を決めたばかりだ。

存続が決まれば、この4人を中心にフライ級の1枠を争う。世界でメダルを取れる実力者も、安泰ではない層の厚さ。和田は「世界もですが、レベルは上がってます。昔は手数を出して、スタミナがある方が勝ち。いまは足を使ったり、距離を取ったり、カウンター打ったり。プラス、気持ちと体力の勝負になってきている」と肌で感じる。

そのなかで思う。「みんな仲は良いので、相手をたたえる気持ちを忘れず、一緒に練習していき成長できる面もある。ライバル視を悪い方にいって、ぎすぎすはしたくない。勝つ人、負ける人が出てくるのは勝負なので仕方ないですから」。視界不良の環境で、モチベーションを保つのも難しいだろう。6月にどんな審判が下ろうとも、ただ、仲間と切磋琢磨(せっさたくま)できるいまを精いっぱい生きるしかない。

「ずっと先輩についていった時代が懐かしいなあ」。回顧する和田には、前に進むという確かな覚悟がにじんでいた。


12年2月、全日本女子ボクシングミドル級で鈴木佐弥子(右)にパンチを浴びせる山崎静代
12年2月、全日本女子ボクシングミドル級で鈴木佐弥子(右)にパンチを浴びせる山崎静代

◆アマチュアボクシングの試合形式 各階級ごとにトーナメント制で順位を決める。試合時間は3分×3回で、5人のジャッジによる各回10点方式の採点で勝負を決める。著しい実力差や医師による続行不可能の判断をした場合のレフェリー・ストップ・コンテスト(RSC)、ダウンして10秒以内に競技を続行不可のKOなどでも勝敗が決まる。短期決戦のためプロとは異なり、初回から積極的な攻防が見られる傾向にある。男子はヘッドギアなし、女子はありで行う。


女子ボクシング 五輪挑戦記

◆99年 第1回全日本女子アマチュア大会(初の全国開催)

◆01年 第1回女子世界選手権開催

◆09年 12年ロンドン五輪での採用が決定

◆10年 「全日本女子アマチュアボクシング選手権大会」に改称

◆11年5月 日本連盟の強化メンバーに選ばれていた山崎静代が五輪挑戦を表明

◆12年5月 ロンドン五輪予選の女子世界選手権(中国)で、フライ級は箕輪綾子、ライト級は釘宮智子がともに2回戦敗退、ミドル級は山崎が3回戦で敗れ、五輪実施全階級で出場枠獲得に失敗

◆16年5月 リオデジャネイロ五輪予選の女子世界選手権(カザフスタン)で、フライ級は和田、ライト級は箕輪綾子がともに2回戦敗退し、2大会連続で出場枠逃す。男子でライト級の成松大介だけが五輪出場

◆18年2月 IOCが、ボクシングを東京五輪の実施競技から除外する可能性を明らかに。AIBAのガバナンス、不可解な判定による八百長疑惑、ラヒモフ会長代行が米財務省から「ウズベキスタンの代表的な犯罪者の1人で、ヘロイン売買に関わる重要人物」と指摘されていることなどを問題視

◆18年7月 「日本ボクシングを再興する会」が日本連盟の13項目の疑惑を指摘する告発状をスポーツ庁、JOCなどに提出。日本スポーツ振興センターからの助成金不正流用、不正判定、不透明な財務運営疑惑などを訴え

◆18年8月 3日に山根会長が日刊スポーツの電話取材に応じ、元暴力団関係者との関係を認める。8日に山根氏が会長、理事の辞任を表明。22日には理事が総辞職

18年8月、辞任の意向を表明した山根明会長
18年8月、辞任の意向を表明した山根明会長

◆18年9月 「再興する会」の発足メンバーだった内田貞信氏(45)が新会長就任し、新体制へ

◆18年11月 AIBAの会長選でラヒモフ氏が新会長に

◆18年12月 IOCは満足な改善が見られないとし、調査委員会設置、プレ大会などすべての五輪準備の凍結が決定。19年6月までに実施可否を決めることに


■「レベル高い」菊池副会長

東京五輪実施の見通しと現状を日本連盟に聞いた。

当初は男女ともに夏以降の世界選手権に枠取りがかかる予定だったが、現状ではIOCによる凍結措置で予選にはできない。日本は五輪枠がかかるかどうかにかかわらず、世界選手権の代表を選考するアジア選手権が4月にタイで控えており、まずは3月以降に男女とも選考会を開き、各階級1人の代表を決める。



男子(8階級)は1階級最大8人、女子(5階級)の出場者数は現在協議中で、激戦区のフライ級は8人以上に出場資格を与える可能性もある。本来はアジア選手権の上位で世界選手権切符を得た選手が表彰台に上がった場合、東京五輪代表となるはずだった。また、開催国枠として男子は5階級、女子は2階級(フライ級、フェザー級)が予定され、自力で枠を獲得した場合は2選手が出場できることになっていた。


菊池浩吉副会長
菊池浩吉副会長

女子について、菊池浩吉副会長は「日本のレベルは高い。フライ級は特に戦国時代ですね。女子の強化はメダルにつながる大きなチャンスだと思う」と見込む。フライ級以外にも日本連盟が独自に4人を強化指定していく方針を取り、五輪第1号ではなく、メダル候補として期待をかける。現在は6月の判断まで待つしかない状況だが、実施が決まれば面白い選手がそろう。