「五輪を楽しむためのキーワード」を特集する第8回は、東京オリンピック(五輪)で初めて採用された空手編。沖縄にルーツを持つこの武術には、未知なる魅力が詰まっている。日本選手にメダル候補がずらりと並ぶ注目の新競技。組手と形の両種目について、初心者でも観戦を楽しめるキーワードを、競技の魅力を伝える達人である月井新氏(61)に解説してもらった。【取材・構成=奥岡幹浩】

20年12月、足の裏を使った裏回し蹴りを繰り出す宮原美穂(左)
20年12月、足の裏を使った裏回し蹴りを繰り出す宮原美穂(左)

■組手 ポイント大きい足技「回し蹴り」の主流は「甲」より「裏」

琉球発祥の空手は、世界中に広がっている。約200カ国で受け入れられ、競技人口は1億人以上。国際化が進んできた中で、試合で用いられる技にも流行の波がある。現在、よく使われるものには、“逆ワザ”や“裏ワザ”を連想させる名前がある。それらはいったいどういう技か。

組手、形を問わず本来、空手で技の基本動作となるのは左右同じ側の手足が一緒に出ること。右足を踏み出したら右手を、左足を出したら左手を出す。

月井 これは「なんば」と呼ばれる日本の武道独特の身体操作がもとになって構成されています。

同じ側の手足を出した突き技は順突き、左右異なる出し方をしたときは逆突きと呼ばれる。順突きの動きそのものはボクシングのジャブと同じで、相手に距離的に近い刻み突きや、前足での蹴りが多く見られる。ただ海外では“逆”の身体操作が主流であることも受けてか、現在の組手では、左右別の手足が出る逆突きも多用される。

19年9月、順突き(刻み突き)を打つ荒賀龍太郎(右)
19年9月、順突き(刻み突き)を打つ荒賀龍太郎(右)
17年12月、逆突きを放つ植草歩(右)
17年12月、逆突きを放つ植草歩(右)

決まったときのポイントが大きい足技には“裏ワザ”が存在する。正確には裏回し蹴りと呼ばれる技のことだ。

月井 回し蹴りはもともと、足の甲で蹴るのが一般的でしたが、現在は足の裏で蹴るのが主流になりました。

19年9月、足の甲による回し蹴りで攻める佐合尚人(左)
19年9月、足の甲による回し蹴りで攻める佐合尚人(左)

裏回し蹴りが主流となった理由としては、(1)軌道が読みづらいこと(2)相手がガードしづらいこと(3)上体を倒す勢いで蹴る場合が多く、相手の技をもらいにくいこと、などが挙げられるという。

五輪のマットで選手たちが繰り出す技は「順」か「逆」か、はたまた「裏」か。目を凝らして見てみたい。

◆次元が高い「寸止め」 空手は相手に直接打撃を与えない「伝統派空手」と、直接打撃が認められる「フルコンタクト空手」に大別され、五輪競技に採用されたのは前者にあたる。いわゆる「寸止め」という言葉を用いることにためらう関係者もいるが、月井さんはむしろ使うべきというスタンス。「寸止めは、技を出した時には既に勝負が決している状態。剣術の世界でも達人同士が戦うと、一方が間の取り合いで勝ったと察知した瞬間に技を繰り出します。つまり、より高い次元での戦いの結果として、寸止めが存在するのです」と力説した。

◆組手 対戦した2選手が、突き技や蹴り技を繰り出して攻防する。相手に直接当ててしまうと違反、反則に。試合時間3分で、上段(頭部)や中段(胴体部)への突きは1ポイント、中段への蹴りは2ポイント、上段への蹴りや相手を倒しての攻撃は3ポイントが加算される。同点で3分が過ぎた場合は、「先取」と呼ばれる最初のポイントを得ていたほうが勝ち。先取が取り消された場合や、両者無得点だったときは審判5人による旗判定。

■形 由来不明?独特の響き「チャタンヤラクーサンクー」

見えない敵をイメージしながら演じる形。演武に入る前に選手は、気合をみなぎらせて何かを叫んでいるが、あれはいったい何?

月井 これから演じる形の名前を口にしています。演武前に宣言するルールになっているのです。

演武する形は世界連盟が認定した102種類から選択。1つの大会で形は試合ごとに替えなければならない。

形の名称は、独特の響きを持っている。カタカナだけでなく、漢字で表記されることもあるが、その大半は当て字。名前の由来も不明なものが数多いという。

月井 アーナンやクーシャンクーなど、明らかに日本語ではない名前の形がいくつも存在しますが、これらが中国語かといえば、そうでもなさそう。沖縄に最も近い福建省の方言を調べても、それとおぼしき言葉は見当たりませんでした。中国武術の技を調査しても、類似したものは名称からも技の形からも、ほぼありませんでした。

とはいえ、例えば「チャタンヤラクーシャンクー(北谷村の屋良先生のクーシャンクー)」、「チバナノクーシャンクー(知花先生のクーシャンクー)」といったように、名称の一部に地名や人名(多くは師範)のつくケースは存在。また「スーパーリンペイ(壱百零八)」「サンチン=三戦」「ゴジュウシホ(五十四歩)」など、数字にちなむ名前も見られる。これらの多くは3のつく数字か、3の倍数にあたる数字がほとんど。中国では「3」という数字は縁起が良いとされていることに起因していると思われる。

喜友名諒(2019年12月7日撮影)
喜友名諒(2019年12月7日撮影)

◆空手の主な形

<アーナン 安南(劉衛流)>劉衛流の特徴的な動きが多い形のひとつ。ジグザグで前進、喉をつかむなど、実戦的な動きを正しく演武することが重要

<アーナンダイ 安南大(劉衛流)>アーナンより手数が多く、貫手(ぬきて)、一足二拳(1歩進む時に2つ手技を出す)の技が多い。四方に連続蹴りをするシーンも難しい

<ガンカク 岩鶴(松濤館流)>岩の上に立つ鶴のように片足で立つ動きが特徴。片足立ちのバランスを取るのが難しい

<サンサイ 三才(玄制流)>ジャンプや、両手を床についての蹴りなどが特徴

<チャタンヤラクーサンクー 北谷屋良公相君(糸東流)>手技の数が多く、低い姿勢から高い姿勢へ瞬時に移る<チバナノクーサンクー 知花公相君(糸東流)>突き、蹴り、受け、立ち方などの基本技の強さが求められる形。シンプルな動きが多いゆえにあらが見えやすく、基本技の高い習熟が必要

<スーパーリンペイ 壱百零八(東恩納派)>四方に攻防を繰り返す形。体の締めや重厚感、緩急が求められる

<パープーレン 八歩連(福建派)>鶴をイメージした武術性の高い形。ゆっくりした動きとスピーディーな連続技の融合が特徴

※名称、漢字表記、流派、特徴。全日本空手道連盟による提供資料などをもとに、日刊スポーツが作成

清水希容(2016年12月11日撮影)
清水希容(2016年12月11日撮影)

◆形(かた) 7人の審判によって勝敗が判定される。技術点(立ち方や技の完成度、呼吸法など)と競技点(スピード、パワー、バランスなど)について、各審判はそれぞれ5~10点(0・2点刻み)で採点。それぞれの点数は技術点7割、競技点3割で計算される。そのうえで上下各2審判によるスコアは除外され、中間の3審判による合計スコアが選手の得点となる。

国内外で空手の普及に貢献してきた月井新さん(本人提供)
国内外で空手の普及に貢献してきた月井新さん(本人提供)

月井新(つきい・しん)1960年(昭35)1月1日、栃木県生まれ。全日本空手道連盟公認6段。黒磯高から千葉商科大に進み、大学3年から空手を始める。85年にニジェール共和国のナショナルコーチになったのを皮切りに、フィリピン、ブルネイ、ミャンマーで代表チームを指導。現在は空手道場のワールドカラテアカデミー代表を務める。著作DVD「競技の達人」(チャンプ)など。次女・隼南はフィリピン代表として東京五輪を目指す。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)