広瀬誠(39=愛知県立名古屋盲学校教)が、銀メダルを獲得して今大会の日本選手団メダル第1号となった。

 決勝は世界ランク1位のウズベキスタン選手に一本負けしたが、04年アテネ大会の銀メダルに続く、2つめのメダルを12年ぶりに獲得した。

 決勝は開始早々に技ありを奪われ、その後は積極的に攻めたが、内股を返されて、合わせ技一本負けを喫した。アテネ大会の銀メダルを上回ることはできなかったが、スタンドから「お父さんガンバレ」の声援を送った3人の娘に、3大会ぶりのメダルを見せることができた。

 西尾東高1年から柔道を始めたが、2年の終わり頃に視覚神経が萎縮するレーベル病を発症。本が読めなくなり、生活も不自由になったが、特別支援学校教員になるために進学した筑波大理療科で柔道を続け、04年アテネ・パラリンピックで銀メダルを獲得した。

 08年北京大会は減量苦の影響で7位に終わり、66キロ級で出場した12年ロンドン大会は3位決定戦で敗れた。その後、引退を考えたが、3人の娘(5歳、3歳、1歳)に「父親が障害がありながらも頑張っている姿を見せたい」という理由で13年から再び練習を再開した。表彰式後はスタンドに歩み寄り、娘たちの首に銀メダルを駆けた。金メダルは逃したが、「子どもの記憶に残る戦いを見せたい」という目標は見事に達成した。