フリースタイルスキー男子エアリアルの田原直哉(ミルキーウェイ)が、予選で敗退した。04年アテネ五輪の日本代表候補でもあった体操から06年に転向し、37歳で念願をかなえた初の夢舞台。1回目は得点が伸びず「(採点が)辛すぎる。間違いかと思った」と首をかしげた。2回目は着地が乱れた。「悔しい結果だが、この舞台に立てたのは人生におけるいい経験になった」と話した。

 困難な道を歩むのは昔から。体操の床運動には田原オリジナルの技がある。「伸身リピスキー」。伸身で2回宙返り2回半ひねりをしてから、前転する。誰もできない超高難度技だったが、現在は危険すぎるため禁止となった。「体が硬く、きれいな体操ができなかった。難しい、オリジナリティーという部分にこだわっていたんです」。徳洲会時代のチームメートでアテネ五輪男子団体金メダリストの米田功さん(40)も「枠にとらわれない選手だった」と振り返る。

 米田、水鳥ら元同僚がアテネで輝く姿を見て五輪に憧れた。05年に右肩を痛めて体操を諦め、エアリアルに転向してから11年は苦節だった。スキーは素人で、スポンサーも見つからない。昨年春まで民宿に住み込みで働き、競技に打ち込んだ。稼いだ金は遠征費に消えた。14年前の仲間のように金メダルとはならなかったが、充実感に満ちていた。【上田悠太】

 ◆田原直哉(たばら・なおや)1980年(昭55)12月24日、和歌山市生まれ。日体大卒。体操での主な実績は01年全日本学生選手権3位、05年東アジア杯団体銀メダル。エアリアルのW杯は12年1月、16年2月、18年1月の3位が最高。165センチ、69キロ。