【DeNA南場オーナー連載〈1〉】「そんな派手なこと…」最初は反対だった球団買収

「人生のある瞬間をくくり出すときに、そこには野球が入り込んでいる。ある状況を思い出すときに、野球が自然と記憶をよみがえらせる役割を果たす。野球というのは、そうやって深く人生に入り込んでいるんです」――南場智子(2018年12月13日掲載。所属、年齢などは当時)

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2015年(平27)に球界初の女性オーナーに就任したDeNA南場智子氏(56)。以降、セ・リーグの団結は非常に強くなったといわれる。しなやかで、でも心(しん)の強さを感じさせる立ち居振る舞いが共感され、球界で確かな存在感を放っている。飾らない言葉たちの中に、経営者の鋭い視点と豊かな人間味が同居している。

14年2月、DeNA宜野湾春季キャンプ キャンプ初日に集合写真に納まるDeNA選手と監督、コーチ、首脳陣

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「え⁉ まだ追っかけてたの?」。横浜球団買収が再燃したのは11年の秋ごろだった。ディー・エヌ・エー創業者の南場は、幹部の春田真と守安功の2人の言葉に驚きを隠せなかった。買収劇が表面化する1年前の10年、1度水面下で動き、立ち消えになっていたからだ。

南場 当時、ディー・エヌ・エーの幹部が私と春田と守安。春田が2人に向かって球団を買収したいと言ったとき、私は「そんな派手なことしないで、本業で地に足つけてやろうよ」と言いました。欲しくても取得できるものではないですし、実際その年は途中で頓挫しました。

11年6月、南場は闘病中の夫の看病を優先するため、社長を退任した。非常勤の取締役となり、自宅にビデオ会議システムを設置し、リモートで参加。その席で買収の話が再度持ち上がる。ある会議の後、春田から「今度はうまくいきそうだ」と言われ「何が?」と聞き返した。「ベイスターズです」。再び動きだしていたことを知る。

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