【特別編集委員コラム】松井秀喜氏&広岡勲氏…日本外科学会講演を聴いてきた/連載6

久しぶりに松井秀喜さん(48)を取材しました。4月28日、都内のホテルで行われた日本外科学会定期学術集会で「人にない“武器”をどう身につけるのか?」と題した講演をしました。これを特別に拝聴させてもらいました。非常に興味深い内容でした。

プロ野球

講演会で語る松井さん

講演会で語る松井さん

◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)生まれ。横浜出身。93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。

ヤクルト石井一久のカーブに…

ちょうど30年前、松井さんがプロに入った直後の話から始まりました。

「オープン戦の初打席で石井一久さん(現楽天監督)のカーブに見逃し三振しました。ストレートに見えて、体に当たると思ってよけたら真ん中のストライク。見たことのないボールで衝撃を受けました。このままではダメだと思い、試行錯誤しました」

1993年(平5)2月28日、宮崎で行われたヤクルト戦ですね。初打席で見逃し三振を喫しました。翌日の日刊スポーツは1面で「松井ビビった」という大きな見出しで報じています。

初球に直球で内角を攻められた後、カーブが3球続きました。石井さんのコメントがなかなか厳しいですね。

「初球に内角をいった後で、3球カーブを続けた。大したカーブじゃなくても腰が引けていた」

1993年2月28日、巨人松井はオープン戦の初打席で石井一久が投じたカーブに見逃し三振

1993年2月28日、巨人松井はオープン戦の初打席で石井一久が投じたカーブに見逃し三振

ボールの軌道を「コマ送り」で見る

松井さんは、この初打席がのちの飛躍につながったといいます。

「これではダメだと思って対策を立てました。1つはスイングスピードを速くすること。もう1つは、ボールの見方です」

ボールの見方は、独特の表現で語ってくれました。

「投手が投げてから、ボールの軌道が細かいコマ送りにするんです。1コマが長いと軌道は分からないので、できるだけ1コマを小さくする努力をしました」

投手がボールをリリースしてから打つまでの間、「動画」ではなく、「コマ送り」…できるだけ1コマが短いコマ送りすることで、早めに球種を把握できるそうです。

松井さんなりの感覚であり、教えてもらったからといって、同じようにボールを追えるわけではありません。しかし、一流打者が打席内で意識していた部分を知ることができ、感慨深いものがありました。引退して月日がたったからこそ、このような話も出てくるのでしょう。

「引退するまで、あれ以上のカーブは見ませんでした。実際にはそれ以上の球もあったのでしょうが、私の経験値も上がっていますから、あのときほどの衝撃は受けませんでした。最初に一番すごいボールを見せてもらい、危機感をあおってもらってよかった。これがあったから、このままではまずいと真剣に思えたのです」

松井さんは、講演会の最後にバットスイングを披露した

松井さんは、講演会の最後にバットスイングを披露した

長嶋監督との素振り

スイングスピードの向上には、やはり監督だった長嶋茂雄さんとの素振りが効果的だったそうです。

「監督はスイングの音で判断するのですが、そのうち私自身も音で分かるようになった。視覚や第三者の目で判断する選手は多いでしょうが、聴覚でスイングを判断する選手はなかなかいないと思います。これも、私の武器になりました」

長嶋氏とのエピソードで会場を沸かせました。

「最初は1000日計画といって、3年間で4番打者にと始めたことですが、結局4番になってからも、大リーグに行ってからも監督との素振りは続きました。監督がニューヨークにいらしたとき、バット2本を持って5番街のプラザホテルに入っていきました。ちょっと恥ずかしかったですけど、本当に感謝しています」

進行役は、元ヤンキース広報で、現在は江戸川大教授の広岡勲さんでした。松井さんがもっとも信頼する人物が聞き役だったことも、話が盛り上がった一因でしょう。

講演会で進行役を務めた江戸川大教授の広岡氏

講演会で進行役を務めた江戸川大教授の広岡氏

講演後は控室で取材に応じてくれました。私は、松井さんの巨人時代、ヤンキースに移籍した直後に取材をしていました。偶然ながら、他の新聞社も同時期の担当記者が来ており、松井さんも「20年前と変わらないメンバーですね」と笑っていました。

松井さんがプロ入りしてから30年、大リーグに移籍してから20年、そして現役を引退してから10年がたちます。そろそろユニホーム姿を見たいと思うのは、私だけではないでしょう。

編集委員

飯島智則Tomonori iijima

Kanagawa

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。