【金足農連載〈11〉】乗り越える強さ、ハングリーな心…大切なことは今も変わらない

中学生の硬式野球クラブ、ネオグリッターズ(あきた中央ポニー)は、金足農OBが中心となって運営しています。金足農時代に甲子園ベスト8の経験を持つ佐々木将監督に、当時の思い出や、日ごろの指導で感じることを聞きました。

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29年前の夢を見る

背番号1をつける吉田大輝(2年)、それに次ぐ投手として期待がかかる花田晴空、太田条治、頼れるキャッチャーの相馬英典(ともに3年)、さらには春季秋田県大会で4番を打った薮田龍人(2年)らは、ネオグリッターズ(あきた中央ポニー)という中学生の硬式野球クラブの出身である。

それぞれ中学の野球部で軟式野球をしながら、部活のない週末などにネオグリッターズで硬式ボールを使って練習をしていた。

ネオグリッターズ出身の(左から)花田、相馬、薮田

ネオグリッターズ出身の(左から)花田、相馬、薮田

ネオグリッターズは金足農のOB会長である石井雅樹が代表、やはりOBである佐々木将が監督を務める。吉田輝星、大輝兄弟の父、正樹もコーチに名を連ねるなど、金足農と関係の深いチームである。

監督の佐々木は、金足農の2年生だった1995年(平7)には「2番ライト」として甲子園ベスト8に貢献した。

主将を務めた翌1996年(平8)は、秋田大会の決勝で秋田経法大付(現・ノースアジア明桜)に敗れた。

「大輝はもちろん、花田もたくましくなったように見えます。みんな頑張っていて、うれしいですね。下級生にもいい選手が多いし、夏が楽しみです。他校にもうちの出身者がいるので立場は微妙ですが、やっぱり母校には期待しています」

佐々木には今でも夢に出てくるシーンがある。1点を追う9回のチャンスに、緊張しながら打席に入る。しかし、いつも打球はショートフライとなってしまう。

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編集委員

飯島智則Tomonori iijima

Kanagawa

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。