銅像になったイチロー氏のユニホームはぶかぶかだった 意外な理由も明かされる

メジャーが身近でなかった時代に海を渡った後、数々の偉業を成し遂げ、昨季、日本人として初めて米国野球殿堂入りを果たしたイチロー氏(52=マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が、シアトルで銅像になった。01年、日本人初の野手としてデビューした当時、活躍どころか、「通用するか否か」で語られた細身の選手が、25年後、同地で銅像になることを、だれが予想できただろうか。世界中の野球ファンから尊敬され、レジェンドとなったイチロー氏の歩みを、あらためて振り返る。

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◆ケン・グリフィー・ジュニア1969年11月21日生まれ。87年ドラフト全体1位でマリナーズ入り。89年にデビューし、通算630本塁打をマーク。10年に引退し、16年に野球殿堂入りした。




◆エドガー・マルティネス1963年1月2日ニューヨーク生まれ。87年のデビュー以来、マリナーズひと筋18年。通算309本塁打を放ったほか、卓越した勝負強さが魅力。DH専任時期が長く、その後、最優秀DH選手の表彰として、「エドガー・マルティネス賞」が設置された。


除幕式で折れてしまったイチロー氏の銅像のバットは、その後、修正された

除幕式で折れてしまったイチロー氏の銅像のバットは、その後、修正された


思わぬハプニングでバット折れるも「ここで2人に並べるなんて」



シアトルの空へ向かって真っすぐに立つはずのバットは、思わぬハプニングで折れていたが、イチローは初めて目にする自らの銅像を前に、これまでの長い道程に思いをはせつつ、感慨を覚えていた。記者投票で満票にわずか1票届かずとも、有資格1年目での殿堂入りから約1年。ひと足先に殿堂入りしたグリフィー(写真左)、マルティネス(同右)と一緒に、Tモバイルパークの横を走る歩道上に、背番号「51」の銅像が完成した。

「ここで(2人に)並べるなんて考えられないことでした」


19年9月 シアトルでの引退セレモニーで笑顔の、左からエドガー・マルティネス氏、イチロー氏、ケン・グリフィー・ジュニア氏

19年9月 シアトルでの引退セレモニーで笑顔の、左からエドガー・マルティネス氏、イチロー氏、ケン・グリフィー・ジュニア氏


メジャーの各球場周辺には、偉大な先人の功績をたたえる銅像は少なくない。ただ、たとえ世界一、タイトルなどを個人的な目標に掲げたとしても、殿堂入り、ましてや銅像になることを目指してプレーする選手は、まずいない。イチローとて、例外ではなかった。


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四竈衛Mamoru Shikama

Nagasaki

長崎県出身、米アリゾナ在住。北関東支局(群馬・栃木)を経て、巨人、ヤクルトなどを取材。1999年からメジャー担当。趣味は料理とゴルフ。