【阪神豊田寛】結果残せず代打の難しさに心境 実績も「過去のこと」今に全集中

今年も宮崎でフェニックス・リーグが行われています。セ・リーグ連覇を決めた阪神も底上げを目指して奮闘中。5年目の豊田寛外野手(29)は今季、確実性や代打の難しさを痛感し、明確な課題に取り組んでいます。藤川球児監督(46)が就任した直後の秋季キャンプではMVPに選出された逸材。豊田の心境に迫りました。

プロ野球

★豊田寛が語った主な内容

  • 今季4打席すべて代打出場も結果出せず…率直な振り返り
  • 昨季は12球団トップの代打打率 それでも築けない「自分の城」
  • 秋季キャンプMVPは「過去のこと」 今に全集中する思い

◆豊田寛(とよだ・ひろし)1997年(平9)4月28日、神奈川県横浜市生まれ。川上北小時代に戸塚アイアンボンドスで野球を始める。名瀬中では戸塚シニアに所属。東海大相模では2年と3年夏に甲子園出場し、3年夏は4番で全国制覇。同年U18日本代表に選ばれ準優勝。国際武道大では1年春からベンチ入り。2年春から4季連続リーグ優勝。外野手でベストナインを4度受賞。日立製作所を経て21年ドラフト6位で阪神入団。昨季は得点圏で13打数4安打と勝負強さを発揮。25年7月3日の巨人戦では守護神マルティネスからサヨナラ中犠飛を放った。178センチ、87キロ。右投げ右打ち。

打席でサインを確認する豊田

打席でサインを確認する豊田

宮崎の暑さの中、ひとり黙々とバットを振り込む

肌寒くなってきた列島の中でも宮崎は暑い。街を歩けば半袖、短パンがまだ目立つ。レンタカーの空調は罪悪感を感じながらも24度に設定。顔に冷風を浴びせながら、毎年恒例のみやざきフェニックス・リーグに出向いた。

宮崎アイビースタジアムに到着すると、ビジターユニホームに身を包んだ阪神豊田は、ひとり黙々とバットを振り込んでいた。今季は1軍で4打席与えられ、空振り三振、見逃し三振、死球、空振り三振。全て代打出場も存在感を示すことができなかった。悔いる思いが募っていたのかもしれない。率直に今季の振り返りを聞いた。

阪神対中日 10回裏阪神1死、代打豊田寛は空振り三振に倒れる=2026年9月13日

阪神対中日 10回裏阪神1死、代打豊田寛は空振り三振に倒れる=2026年9月13日

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1996年(平8)福岡・小郡市生まれ。同大から19年に入社。整理部を経て阪神担当1年半、ソフトバンク担当5年を経て26年1月からサブキャップとして阪神復帰。ソフトバンクでは24年にリーグ優勝、25年に連覇と日本一を経験。大学では体育会スポーツ新聞部でラグビー部などの取材に取り組み、3年時に編集長を務める。