【特別編集委員コラム】松井秀喜選手から三振を奪った男がプロデュースした映画/連載8
ドキュメンタリー映画「共に生きる 書家金澤翔子」の試写会を見て、プロデューサーの鎌田雄介さんをインタビューしました。ダウン症の書家として有名な翔子さんは、母泰子さんと二人三脚で歩み、その才能を開花させました。金澤親子の物語、そして偉大な父を持つ鎌田さんのストーリーを紹介します。
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◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)生まれ。横浜出身。93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
ダウン症の書家、金澤翔子さんのドキュメンタリー映画
ドキュメンタリー映画「共に生きる 書家金澤翔子」の試写会に行きました。
金澤翔子さんは、NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を書いたことで有名です。代表作「風神雷神」は、京都の建仁寺で俵屋宗達のびょうぶに並んで納められており、ニューヨークやプラハで個展を開催するなど幅広く活躍しています。
ただ、映画のテーマは現在の活躍ではありません。ダウン症で生まれた翔子さんが、母泰子さんとの二人三脚で一流の舞台にたどり着くまでの道のりが描かれています。
ダウン症が治ることを願って、泰子さんが地蔵巡りをしたこと。教師から特別支援学校への移籍を勧められてショックを受けたこと。就職がうまくいかずに自宅に引きこもった時期のこと…
いずれの場面も、親子で書に向かうことで乗り越えてきました。映画のパンフレットに「書き続けることで親子でいられた」とあるように、若くして亡くなった父を含めた親子の絆を感じ取れる作品です。
79分の映画が終わると、有楽町の映画館を出て、晴海通り沿いの喫茶店に行きました。同映画のプロデューサー、鎌田雄介さん(51)に会うためです。
鎌田さんは米国ニューヨークでフジテレビの仕事をしていた時期があり、私は松井秀喜さんの取材をともにした仲です。
元高校球児の彼は、現役時代の松井さんから空振り三振を奪った逸話の持ち主でもあります。松井さんがメジャーにデビューした2003年のオフ、担当記者が開いた草野球大会の一幕です。
最終回2死二、三塁、ホームランが出れば逆転という場面で松井さんを打席に迎えました。セオリーなら敬遠ですが、野手陣がマウンドに集まり「ここは勝負だ」と、ピッチャーの鎌田さんにゲキが飛びました。
これを意気に感じた鎌田さんが、カウント3―2から投じた直球に松井さんが空振りしたのです。松井さんが盛り上げるためにサービスしてくれたのでしょうが、20年が経った今なお語り草になっています。
さて、かつての仲間を取材するのは、ひと味違う緊張感がありますが、映画についてインタビューしました。
そのままを伝えるため「あまり足さない」を心がけた
――この映画を撮るきっかけは?
鎌田さん(以下、敬称略) 写真家で、映画の監督を務めた宮澤正明さんが、たまたま翔子さんの個展を訪れて、ビビッときたのでしょう。たくさんの写真を撮っていました。私も東日本大震災の直後、翔子さんの書を見て印象に残っていました。だから宮澤さんの写真を見ながら話をしているうちに「これは写真ではなく映像で伝えるべきだろう」となりました。
――写真より映像という理由は?
鎌田 彼女の書は、もう世の中でいろいろなところに出ています。書は多くの人が見ているけど、それが書かれている場面は映像でないと伝わりませんよね。あの力強い文字の秘密というか、向こう側にあるものを知りたいと思いました。
――文章ならどう伝えるかを考えながら映画を見ていたが、なかなか難しいと思った
鎌田 文字だと、取材者の印象を書かざるを得ないけど、映像だと、例えば誕生日ケーキのろうそくを消しているシーンなら、その絵だけでいい。別に何も語る必要はない。「あまり足さない」を心がけました。お母さんの話と、翔子さんの普段の様子をそのまま伝えていこうと。金澤さん親子の人生は、私たちがどれだけ想像しても分からない体験で、絶対に代弁できないと思うんです。だから、当事者に語ってもらうことをそのまま伝えたかった。
――親子をテーマにするのは最初から考えていた?
鎌田 そうですね。小学校に特別支援学校を勧められたお母さんが、自宅で翔子さんに般若心経を書かせる話があります。お母さんが思いをぶつけ、翔子さんがそれを受け止めて進んできた。壁にぶつかった子どもと向き合うという意味では、例えば不登校の問題や、野球のスパルタおやじといった、多くの親子と同じだと思うんですよ。翔子さんには障がいがあるけど、それに限らない親子のテーマとして見てほしいですね。
父は脚本家の鎌田敏夫さん
鎌田さんにも、親子の物語があります。父は鎌田敏夫さん。ピンとくる方も多いでしょう。
ドラマ「金曜日の妻たちへ」「男女7人夏物語」「ニューヨーク恋物語」「29歳のクリスマス」、映画「戦国自衛隊」「里見八犬伝」など、書いたらキリがないほど大ヒット作を描いてきた、日本を代表する脚本家です。
「おやじとは、よく話をします。私がアメリカから日本に戻ってきた理由の1つに、おやじが元気なうちに一緒に仕事をしたいというものがありました」
鎌田さんはニューヨークで大リーグを取材した後、現地の制作会社に入って映画制作について学びました。その後、2010年頃から拠点を日本に移しています。
「おやじと一緒に企画を作っています。おやじが思いついたアイデアをベースに、それを実現するために広げていく手伝いもしています。短編映画も一緒に作りました。文豪の名作シリーズで、林芙美子さんの『幸福の彼方』をおやじに書いてもらいました。主演は波瑠さんでした」
映像の世界で生きてきた父に、何か指導されることはあるのでしょうか。
「昭和の人ですから、直接的に『こうだぞ』とは教えてくれません。でも、会話の中で『これはなぜ、こういう展開なの?』と聞けば『それはな…』と話してくれるので、それをヒントに学んでいます。構成、感情の展開などを勉強しているところです」
今後、どのような作品を撮っていきたいのか。最後に聞くと、次々に出てきました。
「ドキュメンタリーもフィクションも両方やっていきたいです。監督は専門家ですけど、私はプロデューサーだから垣根がないと思うんです。スポーツドキュメントも作りたいし、いつかマネーボールみたいな映画も作りたい。家族愛をテーマにしたヒューマンドラマの映画もつくりたいし…いろんなアイデアがあります」
鎌田さんがプロデュースした「共に生きる 書家金澤翔子」は、6月2日から全国の劇場で公開されます。
ストーリーとともに、翔子さんの書に目を奪われ、エンディングに流れる森山直太朗「泣いてもいいよ」が心に染みます。
ぜひ、注目してください。
コラム「手帳の余白」
日刊スポーツに「特別編集委員室」が立ち上がりました。取材経験が豊富、かつ表現力が豊かなライター集団。「日刊スポーツ・プレミアム」を中心に、健筆を振るいます。飯島智則編集委員は、コラム「飯島智則 手帳の余白」を随時掲載。どうぞお楽しみ下さい。
1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
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