【中田璃士の言葉】シニア初V「お客さんにいい演技を」18歳を迎えた成人の抱負は?

世界ジュニア選手権2連覇の中田璃士(18=MFアカデミー)が12日、東京夏季競技大会でシニア転向後、初優勝を飾りました。合計244・56点で8月23日のショートプログラム(SP)から首位を堅守。国際大会初戦となった今月のチャレンジャー・シリーズ(CS)木下グループ杯ではSP首位発進も、フリーで5位に沈み、ほろ苦デビュー。8日に18歳の誕生日を迎えた新星の言葉をお届けします。

フィギュア

<フィギュアスケート:東京夏季競技大会>◇第3日◇12日◇東京・田中貴金属アイスアリーナ◇シニア男子フリー




シニア男子で優勝を飾った中田璃士(中央)。左から2位の戸田晴登、1人おいて田中蓮音(撮影・たえ見朱実)

シニア男子で優勝を飾った中田璃士(中央)。左から2位の戸田晴登、1人おいて田中蓮音(撮影・たえ見朱実)


―優勝した演技を振り返っていかがですか

まだジャッジスコアを見ていないので、スピンとかステップのレベルは分からないですけど、一応、練習からもよかったですし、4T(4回転トーループ)、3A(トリプルアクセル)のやつがパンクした。そこは悔しいですけど、でも今の段階にしてはいい状態ですし、(10月の)グランプリシリーズまであと1カ月あるので、全然大丈夫だと思います。


―木下杯からはどう修正をしましたか

練習からとにかくたくさん跳ぶことをやったりとか、プログラムのつなぎの部分をたくさんやったりとか。結構いろんなことをやったんですけど、もっともっと練習していかないと完璧にはならないのかなと思います。


―木下の次の日、(振付師の)ミーシャとブラッシュアップは。最後の方は変えましたか

火曜日にしました。(最後の)あれは自分で変えました。


―次の東京ブロック選手権でも変えますか

その時の気分で変えるかもしれない。


―海外勢と戦って刺激を受けた部分や気持ちの変化はありましたか

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スポーツ

泉光太郎Kotaro Izumi

Kanagawa

神奈川県横浜市生まれ。2019年に大学卒業後、地方紙に入社。警察担当記者を経て翌20年から運動部に異動し、アマチュア野球やインターハイ、箱根駅伝100回大会など取材。
24年パリ五輪・パラリンピックでは地元選手を追ったものの、現地取材はかなわず…。しかし、オリンピック関連取材をきっかけに本格的にスポーツ記者を志し、翌25年春、日刊スポーツに転職。高校野球取材で西東京大会を担当後の8月からスポーツ部の一員となった。
サッカー日本代表の森保一監督にあいさつした際には「完全移籍選手」と命名された。趣味は料理と駅伝観戦。自宅で、ぬか床を育てるなど発酵食品が好き。