
150秒にかける青春〈中〉水飲むふりして涙を隠す…笑顔貫く箕面自由学園チアの強さ
新型コロナウイルスの感染拡大は彼女たちの歩む未来を暗闇にした。人と人との距離は遠ざかり接触は禁止。沈黙の演技で大会は開かれた。箕面自由学園は21年のインターハイを棄権。空白の時を超え今夏のジャパンカップ(17~20日)は4年ぶりに声を出し演技が復活した。連載の第2回は大舞台に臨む生徒とコーチの絆を描く。(敬称略)
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悔しい…居残って課題に取り組む選手たち
例えるなら、桜のような美しさ。
長い冬を越えて蕾となり、時間をかけて花は開く。
咲くのは一瞬。
チアリーディングなら、150秒に凝縮される。
その華やかさを披露するための彼女たちの練習もまた、長く厳しい。
流した汗は計り知れず。
流した涙もまた、少なくない。
8月初旬、ジャパンカップは2週間後に迫っていた。
ようやく練習を終え、それぞれがグラウンドへ出ていく。
その日は気分転換を兼ねて、夕方に全員で水遊びをすることになっていた。
誰もいなくなった静かな空間に、Aチームの選手が3人。
黙々と、いつまでも床運動を繰り返していた。
堪えきれず、ひと筋の涙が床に落ちた。
1991年の創部からチームを率いる監督の野田一江が傍らで見守っていた。
「苦手なんですよ。
タンブリング(床運動)が。
悔しいんでしょうね。
でも、乗り越えないといけないことなんです」
ただ日本一になるだけではない。
人の心をつかむ、完成度の高いものを、彼女たちは追い求めていた。
演技中は笑顔を見せていても、水筒を飲むふりをして片隅に隠れ、あふれ出る涙を拭いては、また笑顔に戻る。
そんな光景を何度見たことだろう。
コロナで奪われた競技本来の姿
3年生は、新型コロナウイルスの感染が拡大した時期に入学している。
下で支えるベースの関ひより(3年)は、北海道の旭川から大阪までやって来たうちの1人だ。
「日本一になりたくて、この学校を選びました」
入学式が終わってしばらくすると、東京と関西3府県(大阪、京都、兵庫)に緊急事態宣言が発令される。
寮は閉鎖され、故郷に戻らざるを得なくなった。
「まだ友達ができないまま、授業がオンラインになりました。
練習が始まってからも、私はまだ寮に戻れなかったので、オンラインで見ているだけでした」
その前年から、チアリーディング界は難しい時期に入っていた。
組み体操のようなスタンツと、元気なかけ声が特徴的な競技。
それが、コロナ禍の影響で人と人との接触や、声出しができなくなった。
苦肉の策として協会側は新部門を設立。
接触のないタンブリング、ダンス、ジャンプなどに限定し、8人1組で90秒間で演技するスピリッツ部門として大会を継続した。
自由演技が復活してからも声を出すことは禁止され、録音したかけ声が会場に流れる状況が続いていた。
沈黙の演技。
先の見えなかった時期を、野田はこう振り返る。
「本当はチアリーディングは、声を出して励まし合うスポーツなんです。
それがコロナになってからは、声を出すと減点。
危ない時のとっさの声はOKだったんですけど、喜びを表現する声はダメ。
三密を避けるコロナ禍で(競技を)続けていくのはやむを得ないルールだった」
19年のジャパンカップは、デビジョン1自由演技競技(高校部門)で梅花高校に優勝を譲り連覇が途切れた。
翌20年1月のインターハイで雪辱を果たすも、その直後から感染拡大により世の中の動きが再び止まる。
21年インターハイは都道府県の移動が禁止となったことで棄権。その後もコロナ禍による学級閉鎖。幾度となく活動制限が続いた。
そんな状況でも21、22年とジャパンカップは自由演技競技でデビジョン1、2ともに連覇を達成。
ようやく今年の夏から4年ぶりに声出しが可能となり、集大成のジャパンカップを迎える。
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茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。
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