【次代のスターへ】イップスを乗り越えてプロを目指す林亜莉奈「今はゴルフが楽しい」
スポーツ記者は通常、アスリートが輝いている時代を追いかける。試合で活躍し、勝利する姿を描くわけだ。しかし、選手の人生には、その「前」も「後」もある。輝く「前」のジュニア時代などもあれば、選手としての一線を退いた「後」の生活もある。そのどちらも追いかけていきたいと思っている。今回は女子ゴルフで次代のヒロインを目指す林亜莉奈選手(21)が、5度目のプロテストに挑むまでの姿を追いかけていく。
ゴルフ
◆林亜莉奈(はやし・ありな)2002年(平14)9月6日、愛知・名古屋市生まれ。5歳からゴルフを始め、長野県ジュニアゴルフ選手権3連覇、PGM世界ジュニアゴルフ選手権で優勝などの戦績を残し、2017年NEC軽井沢72ゴルフトーナメントではベストアマ賞。昨年のマイナビネクストヒロインゴルフツアーは初戦で2位など7戦でトップ10に入った。165センチ、A型。
4度目の挑戦も…
プロゴルファーを目指す林亜莉奈(21)とは、「イップス」が縁で知り合った。
数年前、旧知の平野佳人トレーナー(52=ひらの接骨院院長)から「イップスに悩んでいる選手がいる」と聞き、何かの参考になればと、私の著書「イップスは治る!」を送った。
以来、林の戦績を気にしていた。
2023年は、プロを目指す選手たちが競う「マイナビネクストヒロインゴルフツアー」で14戦のうち7戦でトップ10に入った。プレーオフの末に2位という試合もあった。
しかし、4度目のチャレンジとなる8月のプロテストは、わずか1打及ばず、1次で落ちてしまった。
落ち込んでいるだろうか? まだ、イップスの芽が残っているのだろうか?
そんな思いを抱きながら、昨年末の12月28日に林と会った。
都内のジムで、平野トレーナーとトレーニングに取り組む姿を見学させてもらった。練習が終わると、最寄り駅まで一緒に歩き、喫茶店に誘った。
席に着くなり、彼女は言った。
「今年はプロテストも1次で落ちちゃったんで、結果は出せなかったんですけど、今まで10年以上ゴルフをやってきて…遊びを含めると14、5年かな、とにかく初めてゴルフが楽しいと思えたんです。それが自分の中で結構大きな変化なんです」
背筋が伸ばして真っすぐにこちらを見つめ、はっきりとした口調で続けた。
「これまでは優勝したり、スコアが良かったり、結果がいいときは楽しかったけど、ゴルフそのものを楽しいとは感じていなかった。むしろ『楽しいって言わなきゃ』と思うのがプレッシャーでした。でも、今はスコアに関係なく練習から楽しいんですよ。いい動きができた、目指しているスイングができたとか。だから今は練習しなければ…ではなく、練習したいなと思う。プロテストに落ちてからなんですよ」
強がりや誇張ではなく、心からそう感じている様子がうかがえた。この言葉を聞き、その表情を見て、林のことを記事に書こうと決めた。プロで活躍する姿ではなく、プロになる瞬間を近くで見てみたいと思った。
イップスは医学用語ではなく通称なので明確な定義はない。イップスをテーマに取材を重ねてきた私は「それまでできた動作が、中長期間できなくなる現象」と捉えている。スポーツに限ったものではなく、日常生活の中で、だれにでも起こり得ると幅広く解釈している。
「クラブを振り上げたが、どうしても下ろせない」
「投球のテークバックで腕が止まってしまう」
「楽器を弾くとき、ある音になると手が震えてしまう」
「いつもスラスラと話せるのに会議になると声が出ない」
「体調はいいのに、飛行機に乗ると具合が悪くなる」
誰にでも、そんな経験があるのではないだろうか。私も電車に乗ると目まいがして気が遠くなる「電車イップス」が時々でる。
イップスや不調という壁に当たったとき、林の話は参考になるだろう。
そして、読んでくれた方々と一緒に、彼女がプロテストに合格するまでを応援できればと思う。
寄せで空振り
林が初めてイップスを自覚したのは、高校3年の秋頃だった。
「何かおかしいな、すっきり打てないな、イップスかなとは思っていたんです。でも、イップスだと認めたくない。認めたら終わりだと思っていたので、ミスが出ても何でもないような、たまたまミスしただけだよって顔を演技していました」
そんな期間が3カ月ほど続き、高校卒業を間近に控えて先輩3人とゴルフ合宿に臨んだ。このとき〝事件〟が起きた。
グリーンを狙ったショットが約20ヤード届かなかったが、ライのいいフェアウエーにつけていた。転がすアプローチでピンを狙った。
「私、軽く転がすアプローチは得意な方だったんです。ボールはフェアウエーで、ラインもやや上り。何ならチップイン狙おうという位置だったのに… 空振りしたんです。あ、もうダメだって思いました」
違和感を伴うスイングは、アプローチからアイアンショット、ドライバーへと伝染していった。
「いいライでアプローチしたいと思うから、セカンドショットで失敗できないとプレッシャーをかけてしまう。そのうち、いいセカンドショットのためにはドライバーでミスできないと…逆算して、どんどんおかしくなってしまいました」
球の行方ではなく、どう動いていいのか分からなくなっていた。
この頃、中嶋常幸プロにスイングを見てもらう機会に恵まれた。林は「私はイップスなんです」と認めた上で見てもらった。
中嶋プロは「大丈夫、そんなに悪くない。気にしないでいいよ」と励ましてくれた。数年後に再会したとき、中嶋プロから言われた。
「中嶋さんに『よく、ゴルフをやめずに頑張ってきたね』と言ってもらったんです。実は、最初に見たときの私はあまりにひどいスイングだったので、中嶋さんは『ゴルフをやめてしまうのではないか』と思ったそうです」
今は、イップスを克服できたのだろうか?
「まだ、ちょっと気持ち悪さというか、失敗のイメージは残っています。失敗のイメージに引っ張られて、時々、打ち急いでしまうこともある。でも、マックスに悪かった時があるから、まあ、それよりいいかな、ミスしても大丈夫かなと思えるところがあります」
どのようにイップスと付き合い、改善していったのか?
「周囲の人に話せたことが大きいですね。最初はイップスを隠していました。同伴者に気付かれないように、ザックリしても素知らぬ顔をしていたり、何とか隠そうとしていました。でも、さすがに空振りはごまかせませんからね。そのとき一緒に回っていた先輩たちに『実は3カ月ほど前から…』と話しました。先輩たちが話を聞いてくれて、そのお陰で『あ、イップスだと言っていいんだ』と思えたんです」
それ以降、同伴者に「結構ミスしますけど、またやっているなぐらいに思ってください」と、平気で言えるようになった。すると、周囲からも「タイガー(ウッズ)だってミスするんだからね」と返してもらえるようになった。
隠さず、自ら認めたことが改善への大きな一歩になったという。
勇気を持って話しかけた
「あと、コーチの存在も大きいです。プロテストに落ちた後から、石井忍コーチに指導してもらっています。明確に直し方をアドバイスしてもらえるので、すごい安心感があります。1人で悩み込まなくてよくなったのは大きいですね」
石井コーチには、自ら指導を依頼した。昨年のプロテストに失敗した直後、大会で会った際に「1度、試しで見ていただくことはできますか?」と声をかけ、快諾を得た。石井コーチと話すのは初めてだった。
「私、人に話しかけるのが苦手なんです。相手から声をかけてもらえれば、喜んで話すんですけど、自分から話しかけるなんて、ほとんどできないんです。でも、あの時は、どうしても前へ進みたかったので、勇気を振り絞って声をかけました」
レッスンを受けると、すぐに改善点とともに、「ここは長所だから伸ばしていこう」と明確な指摘を受けた。
「私にはまったというか、瞬間的に『これだ』と思ったんです。これまで自己流にやってきたから、いいときはいいけど、調子を崩したときに帰るところがない。でも、今は目的を持って、こういうイメージで振りたいから、体のこの部分を意識してみようと考えています。だから、練習が楽しいんです。『練習しなければ…』ではなく、『練習したい』と思うようになりました」
強がりではなく、昨年のプロテストに落ちてよかったと思えるようになった。
「昨年もし通っていたとしても、壁に当たったら、すぐに跳ね返されてしまったと思うんです。でも、今やっていることを続けていけば、壁を乗り越える力が付けられると思うんです。今シーズンが楽しみです」
2月13日から、石井コーチとともにタイでの合宿に臨む。
大きな飛躍する1年が始まった。(つづく)
◆飯島智則(いいじま・とものり)1969年(昭44)生まれ。横浜出身。93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
コラム「手帳の余白」
日刊スポーツに「特別編集委員室」が立ち上がりました。取材経験が豊富、かつ表現力が豊かなライター集団。「日刊スポーツ・プレミアム」を中心に、健筆を振るいます。飯島智則編集委員は、コラム「飯島智則 手帳の余白」を随時掲載。どうぞお楽しみ下さい。
1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。
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