【PR】ローザンヌ国際バレエコンクールの支援続けるオリエンタルバイオ渡邉和孝社長

若手バレエダンサーの人生を変える夢舞台「Prix de Lausanne 2026/第54回ローザンヌ国際バレエコンクール」が8日、スイス・ボーリュ劇場で盛況のうちに幕を閉じました。吉田都、熊川哲也、上野水香、中村祥子ら日本を代表するダンサーを輩出し、現在も国内外の15~18歳が飛躍の契機とする世界3大競技会の1つです。その日本予選を2022年10月からサポートしている企業が、健康食品販売のオリエンタルバイオ(東京都中央区)です。入賞者が、無償で本場の著名なバレエ学校に留学する権利をつかめる成功の入り口。そこに橋を渡す同社の渡邉和孝社長(51)に、支援と社会貢献の意義を聞きました。

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★渡邉社長が語った主な内容

  • 日本予選サポートの端緒とローザンヌの魅力
  • 現地で目の当たりにした若手の過酷な挑戦
  • 支援の原点と次世代への使命感

◆渡邉和孝(わたなべ・かずたか)オリエンタルバイオ社長。1974年(昭49)生まれ、東京都出身。学生時代はサッカーに熱中し、米国に3年間留学。父・和彦氏が91年に創業した同社で、兄の和晃会長とともに健康食品事業を展開。2022年からローザンヌ国際バレエコンクール日本予選をサポート。51歳。

33年ぶり日本予選実現の背景

半世紀を超える歴史を誇り、第1回から一貫して世界の若手バレエダンサーを飛躍させてきた「ローザンヌ国際バレエコンクール」から、今年もスター候補が誕生した。26年大会は計78人が本選に出場。世界44カ国から444人(女子339人、男子105人)が事前審査に応募し、選抜された73人と、南米と欧州の予選を通過した8人がスイス切符をつかんだ(不参加3人)。

日本からは、今年も有望株13人が夢のスタートラインに立った。これまでも吉田都、熊川哲也ら日本が誇るバレエダンサーが入賞。世界への道を、不断の努力で切り開いてきた。

吉田は高校2年時の83年に、スカラシップ(奨学金)賞を受けて英ロイヤル・バレエ団のプリンシパル(最高位ダンサー)に上り詰めた。89年に日本人初となる金賞に輝いた熊川は、同じく英ロイヤル・バレエ団のソリストに最年少17歳で抜てきされた。まさに登竜門のローザンヌ国際バレエコンクール。その格式ある大会をプリンシパル・ベネファクター(トップパートナー)として日本から支える企業が、オリエンタルバイオだ。

ローザンヌ国際バレエコンクール2025の決選を終え、祝福される入賞ダンサーたち

ローザンヌ国際バレエコンクール2025の決選を終え、祝福される入賞ダンサーたち

西尾智子さんとの縁が生んだサポート

支援は5年目に入る。実に33年ぶりだったローザンヌ国際の「日本予選」が行われた22年10月から、サポートが始まった。入賞者は、世界の一流バレエ学校に授業料免除で1年間の留学が許され、生活援助費も与えられる大会。社長の渡邉が、そこを目指す才能たちを前段階から支えて、夢を後押しすることになった端緒を回想する。

渡邉 まさに、ご縁でした。長年、バレエを愛して支援なさっていて、熊川さんを海外から日本に凱旋(がいせん)させたことでも知られるダンスウエスト西尾智子さんという方がいらっしゃって。ローザンヌ国際バレエコンクールの事務局とも結びつきがある方で、日本予選を実現なさった際に声をかけていただきました。

熊川ら、著名ダンサーを手掛ける芸術文化プロデューサー。彼女が、オリエンタルバイオの健康食品を愛用していたことから交流があった。その西尾がスイスの事務局と直談判し、招致にこぎ着けたのが日本予選だった。コンクール入賞をきっかけに、世界へ白鳥のごとく翼を広げるダンサーが増えたことも背景に、日本では1989年(平元)以来となる予選が実現していた。

例年、国内組は、まずDVD提出による審査を通過する必要があった。第1次の医療関連資料審査に応募し、第2次のビデオ選考を経て、本選切符をつかむ流れ。参入障壁は高かった。

日本予選がもたらした変化

渡邉 苦労して映像審査までクリアした後も、スイスまで自費で行かなければならなかったんです。まずは、日本予選のメリットとしてDVDを送る必要などをなくし、さらには、審査を通じて高い指導も受けられる状況にすることにも共感しました。選ばれた若きダンサーの渡航滞在費も『ぜひ日本予選側で持ちましょう』と。当時、そこも含めて当社で後方支援させていただいた結果、間違いなくハードルは下がったと思っています。

世界一と言われるバレエ人口を誇る日本。2011年に約40万人を数え、推計では21年に25万人まで減少こそしているものの、今も大国なのは変わりない。その中で、列島各地の教室からエース級の49人が日本予選に選ばれ、参加した。うち4人が本選切符をつかんでスイスへ渡ることができた。

渡邉はその本選、翌23年1~2月に行われたコンクールを、ローザンヌで初めて生鑑賞した。

現地で目撃した「アスリートの極み」

渡邉 驚きました。正直、それまでバレエのイメージは、美を前面に押し出した芸術的なもの、という印象でした。ところが実際に見させていただいたら、もうアスリートの極み。鍛え抜かれた肉体の上に成り立っている芸術でした。

例えば、バレエから派生したとされるフィギュアスケートのように、ブレード(刃)があるわけでも、滑走の勢いがあるわけでもない。それでも生身の人間が高く跳躍し、限界に挑む姿に胸を打たれた。

渡邉 見た瞬間、心からの拍手が出たことを覚えています。「すごい、素晴らしい」という純粋な感動。圧倒されましたね。それを15歳から18歳の方々が、日々、食事の節制も極めて肉体を磨き上げて。そうでなければ、説明のつかないパフォーマンスです。つま先だけで美しい直線となって立つことからもちろん、静止状態から跳び上がって2回転して、音も立てずにスッと降りるんですから。美しかった。

自身は学生時代、サッカーに熱中し、米国に3年間の留学経験も持つ。身をもって次元の違いを感じることができた。

渡邉 自分が同じ年代だった頃を思うと、恥ずかしいくらいです(笑い)。ストイックな生活、練習を積み重ねて、本選では、海外のダンサーたちとコミュニケーションを取って仲間のように学びつつ、本心では日本代表として賞を勝ち取るために闘っているわけです。すごい世界があるんだなと。

コンクールは、まず5日間の(1)クラスレッスンが行われ、クラシック(古典)とコンテンポラリー(現代舞踊)を学ぶ姿勢から観察され、採点される。(2)の準決選では稽古した課題を公開発表し、審査員の評価を受ける。今年は21人が現地で2月7日に行われた最終選考に進出し、アピールした。

渡邉 華やか、というより、過酷と言ってしまっていい世界。心身を極限まで追い込んで苦しいはずなのに、事もなげに舞っている姿には本当に感動させられます。

大会の主旨や応募者の熱意への深い共感が、継続的なローザンヌ国際の支援につながってきたようだ。

才能を埋もれさせない支援の意義

渡邉 サポートさせていただけること自体、ありがたいことです。技術は高くても、やはり金銭的な面で…という才能も、見つけられるようになってきたと聞いています。経済的な環境整備、選択肢を増やす応援は継続していきたいですし、同じような趣旨を持つコンクールも増えてきた中、よりローザンヌ国際の必要性と価値が高まっていると思います。

才覚を埋もれさせることなく、世界への足掛かりをつかませる一助に。まさに「諦めさせずに済む」支援だ。渡邉は25年大会も現地で視察して、勝負の1週間に夢を懸けるダンサーを目の当たりにした。

渡邉 本選では、目の前の演技もさることながら、南米予選の映像から心を動かされました。アルゼンチンの、決して裕福ではない家庭の出身者がいて、もう親戚一同から総出で支えられていました。「行ってこい!」と家族や地域の期待を背負ってローザンヌへやって来て、世界に羽ばたくことができれば、みんなの暮らしを良くさせられる、という覚悟で。本当に人生を変える可能性を秘めたコンクールなんだな、と実感した次第です。

ローザンヌ国際バレエコンクール2025で踊る世界の有望ダンサー

ローザンヌ国際バレエコンクール2025で踊る世界の有望ダンサー

上野水香が語った原点

東京バレエ団のプリンシパルを20年にわたって務めた上野水香も、ローザンヌ国際の奨学金で夢を現実にした1人だ。かつて渡邉と対談した際に「自由に留学できるような家庭環境ではなかったので、スカラシップあってこその(受賞後のモナコへの)留学でした」と打ち明けている。

渡邉 上野さんには、当社が同じく支援したローザンヌ国際バレエコンクールの50周年記念ガラ(公演)にもご一緒いただきました。「ローザンヌがバレエ人生の出発点」とおっしゃっていたことが、今も印象的です。実力、才能がある人にチャレンジしてもらえる仕組みは、これからも追求していきたいですよね。

翌年は、ベルリンやハンガリーの国立バレエ団でプリンシパルの座を手にした中村祥子とも対談した。ローザンヌ国際で入賞した後の進歩が、興味深かった。

世界と日本の指導法の違い

渡邉 大会を通じてバレエの世界が広がることも、ローザンヌ国際の魅力だと思います。賞を受けて、留学を果たした後に中村さんは、日本と世界の教室では指導法が全く違うことに驚いたそうです。日本の、本当にトップのダンサーとしてローザンヌへ行って、奨学金を得て、世界の一流バレエ学校へ進んで。そこで基礎から、一からやり直すそうなんです。もちろん日本の基礎もレベルは高いんですけど、ある意味、教科書的だそうで。世界では、徹底的に厳しい指導も受けたそうですが、それがなければ「今の自分はありません」と断言なさっていて。間違いなく下支えになったきっかけがローザンヌ。だからこそ、まずは行ってもらうことが大事だなと。

一瞬で花開く契機にもなる大会。中村が、身をもって成功を知っていた。準決選で転倒しながら、逆転で決選進出を果たしている。

渡邉 最初の古典で、舞台上のヴァリエーション(ソロ)で転んでしまったそうなんです。しかし、諦めなかった。後がなくなり、それでも次の現代舞踊で目立って決選に進むためにはどうすればいいのか。転倒した後、反対に冷静になれて、周りをしっかり見ることができたそうなんです。日本人は、教えられたことを忠実に守って踊る。ところが海外のダンサーは、自由表現、振り付けに思いを込めて楽しんでいたと。どうせなら自己表現して終わろうと、いい意味で開き直った結果、逆転で決選へ。「世界への門が開けました」と。ダメだ…と諦めるのではなく、勇気を奮い立たせて、すぐ次を考えて、自分を変え続けていく。それが評価につながる。こういうところにも大会の魅力が詰まっているんだなと思わされました。

ローザンヌ国際バレエコンクール2025で踊る世界の有望ダンサー

ローザンヌ国際バレエコンクール2025で踊る世界の有望ダンサー

社会貢献の歴史と企業理念

当時の中村は16歳。アスリートに、劇的に伸びる可能性を秘めた若者たちに〝温かい〟渡邉の思いは、企業理念とも重なる。健康食品の研究、製造、販売を手掛けるオリエンタルバイオは91年、渡邉の父和彦が創業。今年の5月20日に35周年を迎える。

渡邉 実は、会社にも家族にも支援の歴史がありました。我々が自信を持ってお届けしている商品で健康を増進し、幸せを追求して、しっかり売り上げも確保する。その上で「自分たちの事業だけがうまくいけばいい」ではなくて「社会に貢献しなければならない」と活動してきました。その父が他界したことも重なって、一時は各種の協賛から撤退せざるを得ない時期もあったのですが、再びお客さまに支えていただけている今、改めて、兄(和晃会長)とともに支援をさせていただいています。

その応援競技は、バレエにとどまらず、フィギュアスケートやバレーボール、アメリカンフットボールにソフトボール、スポーツクライミングなど幅広い。

渡邉 サッカーや野球といったメジャーなスポーツに関しては、正直、我々の出る幕はないと思っています。さまざまな事情があったり、困っていたりする方の多い競技、種目。スポーツと健康には親和性があると思っていますので、自分たちなりの範囲でしか貢献できませんが、それでも必要としてくれる方々に、社会に恩返しできることに、感謝させていただきながら伴走しています。

支援の意義を語るオリエンタルバイオの渡辺和孝社長

支援の意義を語るオリエンタルバイオの渡辺和孝社長

米国で見た社会還元の文化

原点に米国で見てきた基準がある。「語れるほどではないんですけれども」と前置きした上で、続ける。

渡邉 アメリカでは社会に出た人たちが、皆、学生の支援もさることながら、いろいろなスポーツや芸術の支援に積極的なんです。「企業だけが、自分だけが良ければいい」という考えはなくて、還元することで社会を底上げする意識が自然に根付いているんです。例えば、会長(兄)や私が通っていた大学は、提携していたナイキさんの支援をすごく受けていて、グラウンドなどを全て整備してくれたり。図書館にも(寄付した)個人名が冠されているんですよ。そういう面を少なからず見てきたからこそ、日本でも積極的に企業が売り上げを還元する循環があっていいのでは、いや、なければいけないと思っていまして。ですから、決して自分たちが目立ちたいというわけではなくて、支援の機会を与えてくださった方々に、反対に感謝しているところです。ありがたい限りです。

もちろん、自社のメリットにもつなげていきたい。高い人気を誇るバレーボールなどの国際大会で「オリエンタルバイオ」の赤い看板を目にしたことがある人も多いだろう。

企業価値と若手社員の誇り

渡邉 スポーツ観戦を通して、喜んだり、勇気をもらったり、頑張ろうと思える元気を与えられたり。健康への第1歩だと思うんです。その中で「オリエンタルバイオだ」と認識していただけるのであれば素直にうれしいですし、明確には見えない部分でもトータルでは、お客さまの後押しになっているな、と自負しています。若い方々への認知度や企業価値も高めていきたいですし、正直、採用にも大きく影響してきます。若い社員にとってもモチベーションになっていて、日の丸を背負って戦う同世代の選手たちを身近に感じながら、刺激を受けながら、しかし自分の仕事が活躍の一助になっていることは、非常に喜び、誇りに感じているところだと思います。

それだけに、これからも血が沸騰し、活力になるスポーツを支えていきたい。ラジオ番組で共演した元サッカー日本代表監督、日本協会(JFA)副会長、J2FC今治のオーナーを務める岡田武史の言葉も響いている。

岡田は、クラブの企業理念に「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」を掲げる。「地球は子孫から借りているもの」とも言い、環境保護にも力を入れている。

「岡田監督」の言葉と次世代への使命

そして、ローザンヌ国際での転倒を逆手に〝吹っ切れて〟成功を収めた中村の逸話のように「遺伝子にスイッチが入る」瞬間があることも持論だ。その転機を逃さない場であれるよう、渡邉とオリエンタルバイオは、今後も大会を支えながら「次世代のために」サポートしていく。

渡邉 岡田監督…監督と呼ぶと「もう監督じゃねえよ」と言われるんですけど(笑い)。常々「スポーツというものは、次世代のために夢を掲げてやるものなんだ」とおっしゃっているんです。我々も、やはり50歳を過ぎてくると「次世代のために」という使命を感じるようになってきて。これからも、未来にチャレンジする若者の一助になれればうれしいです。

今年は14人が入賞し、日本人は米国在住の佐居勇星さん(15)が5位に入賞した。韓国在住で、日本国籍も持つ廉茶然(ヨム・ダヨン)さん(17)が2位。今回も、世界各地の名門バレエ学校やバレエ団で1年間研修する資格と生活費が授与される。オリエンタルバイオは、これからも世界への挑戦を夢見る若者たちを、応援していく。

2位入賞=韓国在住で日本国籍も持つ廉茶然(ヨム・ダヨン)さん(17)

2位入賞=韓国在住で日本国籍も持つ廉茶然(ヨム・ダヨン)さん(17)

5位入賞=米国在住の佐居勇星さん(15)

5位入賞=米国在住の佐居勇星さん(15)

◆オリエンタルバイオの応援競技22年5月にスケート部を設立し、フィギュアのGPシリーズや全日本選手権など大会も協賛。スポーツクライミング、フットサル、バレーボールのネーションズリーグ(VNL)日本大会、今年1月からソフトボール女子日本代表も支援する。冬競技はフリースタイルスキー、スノーボードも。社会人アメリカンフットボールの名門シルバースターのメインスポンサーも24年から務める。昨年10月に協賛活動サイト「MOTTO→」を開設し、公式キャラクター「MOGU→(もぐー)」も誕生。


◆ローザンヌ国際バレエコンクールスイスのNPO舞踊振興財団の支援で73年から開催。89年に熊川が日本人初の金賞に輝いた。クラスレッスン、クラシック(古典)とコンテンポラリー(現代舞踊)の課題発表を経て決戦が行われる。9位までの入賞者に、希望する世界の名門学校の1年間の授業料と生活費が奨学金として与えられる。今年は78人が本選に出場。うち、日本人は24年のミュージカル「ビリー・エリオット」の主演に1375人から選ばれた井上宇一郎(15)ら13人。

【提供】オリエンタルバイオ株式会社

スポーツ

木下淳Jun Kinoshita

Nagano

長野県飯田市生まれ。早大4年時にアメリカンフットボールの甲子園ボウル出場。
2004年入社。文化社会部から東北総局へ赴任し、花巻東高の大谷翔平投手や甲子園3季連続準優勝の光星学院など取材。整理部をへて13年11月からスポーツ部。
サッカー班で仙台、鹿島、東京、浦和や16年リオデジャネイロ五輪、18年W杯ロシア大会の日本代表を担当。
20年1月から五輪班。夏は東京2020大会組織委員会とフェンシング、冬は羽生結弦選手ら北京五輪のフィギュアスケートを取材。
22年4月から悲願の柔道、アメフト担当も。