「あの子、私の幼なじみなんです」。まだオフだった今年1月。千葉県内のゴルフ練習場。隣のレーンで黙々とボールを打つ青年に目を移しながら、稲見萌寧(21=都築電気)がそう教えてくれた。「ひとつ年下ですけど、小さい頃からずっと一緒です。今年のプロテスト合格を目指しているんですよ」。

今年4月。その青年がヤマハ・レディース葛城で稲見の優勝キャディーとなった。名前は丁志優(ジョン・ジウ)。千葉県内で韓国料理店を営む韓国人の両親のもと、日本で生まれ育った20歳。小学生の頃には全国大会で3位に入るなど、ジュニア時代から注目されてきた選手だ。稲見とは姉弟のように仲が良いといい「ヤマハ-」では初タッグながら、幼なじみらしい息の合ったラウンドで逆転勝利。笑顔で喜びを分かち合う姿が印象的だった。

2人の出会いは約10年前。稲見が10歳でゴルフを始め、数カ月がたった頃だった。当時自宅のあった都内から父の了(さとる)さんと茨城県内のゴルフ場へ向かっていたが、渋滞により断念。代わりに向かった河川敷のショートコースで、「すごくうまい子がいる」と紹介されたのがジョンだった。

その後、お互いに千葉県内へと拠点を移し、同じ練習場で共に切磋琢磨(せっさたくま)する日々。昔からジョンのことを子どものようにかわいがっていたという了さんは「彼は基本的にゴルフがうまい。ずっとキャディーをやらせたいと思っていて、今回タイミングが合った」と話した。ジョンは以前から稲見の大会でのプレーを見ており、特徴なども把握。了さんから「(稲見は)気持ちは強いけど、ちょっと迷う時がある」などレクチャーも受け、満を持して臨んだ初舞台だった。

稲見はジョンとのラウンドについて「居心地の良さが1番大きいかなと思います」と振り返った。試合中は風向きの相談なども積極的に行っていたと明かし、第3ラウンドからは2日連続ボギーなしの66で回るなど、通算12アンダー、276の大会新記録で優勝。会見で副賞のヤマハ製グランドピアノについて聞かれた際は「彼はピアノがうまいので弾いてもらおうかなと思います」と笑顔で話した。

これからも2人の戦いは続く。5月からのプロテストを受けるジョンのスケジュールも考慮しながら、今後も数試合でタッグを組む予定。いきなり最高の結果をつかんだが、慢心はない。大会後も表彰式などを終えると、すぐに千葉県内の練習拠点へとんぼ返り。暗くなった練習場で2人でボールを打った。確かな努力と幼なじみの存在が、今回の稲見の勝利を支えていた。【松尾幸之介】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)

ヤマハレディースオープン葛城、最終日の17番に臨む稲見萌寧(右)。左は丁志優(ジョン・ジウ)キャディー(2021年4月4日撮影)
ヤマハレディースオープン葛城、最終日の17番に臨む稲見萌寧(右)。左は丁志優(ジョン・ジウ)キャディー(2021年4月4日撮影)