連載第6回からは、日本代表選手の「こだわり」がテーマ。初回は日本が世界に誇るスピードスター、WTB福岡堅樹(26=パナソニック)。50メートル5秒8のトライゲッターが追求する、ダッシュする時の最初の5歩と、改良を加え進化した独特のフォームに迫った。

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福岡が両足に力を込めた瞬間、試合の勝敗とは別の楽しみがピッチの上に広がる。漫画の世界のヒーローが不可能を可能にするような高揚感。26歳のWTBのこだわりは「スピード」。誰よりも、とにかく速い。

6月、強豪イタリア戦でスタジアムがどよめいた。ハーフウエーライン手前の左タッチライン際でボールを受けると、小さなステップで2人をかわし、相手FBとの1対1。わずかにスピードを緩めながら右へパスフェイントを入れ、相手の体重が左足に乗った瞬間に、左前方に一気にギアを上げた。タックルに来た相手の手が伸びた時、すでにそこに姿はない。ピッチを舞うように、インゴールまでの60メートルを走り抜いた。

福岡にとって、勝負は「最初の5歩」。距離にして5~10メートルの間で、いかに早くトップスピードに上げられるかを鍵とする。「目で見て、考えて動くのでは遅い。目から直接足が動くイメージ。ダッダッダッダッダッで、スピードに乗る。瞬間的なところでは誰にも負けたくない」。武器は、一瞬の切れ味。「必死に止めようとしてくる相手の足を止めさせて、触れさせずに抜く。それが一番気持ち良いプレー」と話す。

生後10カ月で歩き始め、すぐに走る快感を知った。幼稚園の時には、両親が転倒を心配したほどの前傾姿勢が定着。現在と同じ胸と膝がつきそうな独特のフォームで、ところ狭しと駆け回った。5歳で始めたラグビーではその走法はタックルに入られにくい利点となったが、世界と戦うにはさらなる進化が必要だった。

20歳の若さで華々しく代表デビューを果たすも、スプリンターに多く見られる肉離れに苦しんだ。15年春、ワールドカップ(W杯)イングランド大会を前に、約1カ月間のフォーム改造に初めて着手。ウェールズ代表などを指導したオランダ人コーチから指摘されたのは、「背中の丸まり」。前傾はいじらず、「胸を開く意識」を持つことで、落ちていた腰が上がり、お尻の筋肉など下半身全体を使えるようになった。

以前は「1本独走すると疲労で10分は試合から消えていた」が、50メートル5秒8の爆発的なスピードを試合を通して維持できるようになった。17年に世界最高峰リーグ、スーパーラグビー(SR)デビューを果たすと、その速さに世界が驚いた。5度のSR制覇を誇る名将ロビー・ディーンズ監督(現パナソニック監督)は「あの一瞬の爆発力は世界でもそういない。世界中どの指導者でも欲しがる選手」とその能力を評価する。

現在の日本代表では、トライゲッターとしてだけでなく、キックチェイス、スピードを生かした防御と、求められるプレーはさらに広がる。医師という第2の夢を持つ26歳にとって、19年W杯は、15人制でプレーする最後の舞台となる。日本が世界に誇るフィニッシャーは、誰もまねできないスピードで、残り1年を駆け抜ける。【奥山将志】

日本代表WTB福岡堅樹
日本代表WTB福岡堅樹